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始まりと終わり

目が覚めたら、異世界だった。ありきたりな展開に、でもあり得ない展開に俺は戸惑った。 「聖女様だ。」 「漸く我々も救われる。」 遠くで聞こえる声はなんだか凄く怖かった。そんな中、俺に初めて目を合わせてくれたのが、騎士だった。 「聖女様、はじめまして。私はあなたの騎士となる男です。どうぞ、なんなりとお使い下さい。」 あまりに美しいその姿に惚れ惚れする。俺は躊躇わずその騎士と名乗る男の手を取った。それからは早かった。 祈りの仕方なんて分からなくて、だから騎士に言われる通りに祈って。精一杯お勤めをした。もうその頃には騎士を愛してしまっていた。 当たり前だ。 だって、見知らぬ地で唯一俺に優しくしてくれたのは騎士だったのだから。 「俺にもう少し力があれば、みんなを救えたのかな。」 一向に災悪が治らないことに焦りを覚える俺を優しく抱きしめてくれたのも騎士だった。そして彼は、あの時の彼は、新しい聖女が現れたその時も俺を優しく抱きしめてくれた。 だけど、それを機に彼は新しい聖女を護衛するようになった。悲しくて苦しくて、そして死にたくて仕方がなかった。 「お前、呪われてるのって…。」 悪魔が俺の過去を覗いた。思い出したくもない過去に俺の瞳からは涙が溢れて止まらない。 「俺は、どうして役立たずなのに、毎度のこと呼ばれるんだろうね。」 「それは…。」 ガチャリとドアを誰かが開けた。 「聖女様…、っ!貴様!何者だ!」 騎士だった。 逞しい俺の騎士。 俺を裏切った憎き騎士。 「聖女様、お下がり下さい。そやつは悪魔です。」 「なんで入ってきたの…。」 「聖女様?」 「悪魔っ!」 「へーへー。」 悪魔は騎士に向かって爪を立てる。長い爪を騎士は剣で応対する。 「聖女様、なぜ!」 「ちょっこら、死んでもらおうか!」 悪魔は騎士を殺しにかかる。俺は少し焦った。騎士が圧されていたから。 「悪魔、殺しちゃダメ!」 「それはできねーな。だってよ、お前、呪ってんのこいつだぞ。」 「は?」 騎士を見つめる。 いつもより強い瞳だ。 「いや、正確には前の時間軸のこいつだけどな。」 「何を…。」 「聖女様、悪魔に惑わされてはいけません。悪魔は嘘をつくものです。」 「依頼主にはつけねーよ。」 待て、少し落ち着け。 どういうことだ。 どうして騎士が俺を呪ったんだ。 どういうことだ。 落ち着け、落ち着けよ。 なぁ、どういうことだよ。 「うぁぁぁぁぁぁぁああああ。」 「ちっ、ご乱心ってか。」 「待て!どこへ行く。」 「お前を今殺しても意味はなさそうだ。いつ目が覚める。こいつが死んでからか?まぁ、いい。少なくとも、道筋は見えた。」 悪魔が俺を抱える。 分からない。 分からない。 分からない。 死にたい死にたい死にたい。 「聖女さまっ!」 「じゃーな。」 「落ち着いたか。」 「ここは?」 暗い。 暗い世界だ。 「悪魔の住処って奴だ。」 「なんだそれ。」 「お前の脳を何度か見直したが、一つわかったことがある。」 「何?」 「お前の呪いについて。」 その呪いは、いかなる魔法においてお前に危害が加えられないように出来ている。ただ、一つ弱点がある。魔法でなければその効力はない。つまり、物理での攻撃には抵抗できない。 悪魔は存在自体が魔で出来ている。だから悪魔がいかなる力を持ってもその呪いから逃れられない。ただ、人間であれば呪いは意味のないものとなる。だから、過去の俺は人間に簡単に殺され続けたのだ。 「でも、どうしてそんな呪いをかけたんだ。なんで騎士は俺にそんな呪いを…。」 「魔法で殺したら、蘇生できないからだろうな。」 「蘇生?」 「正確には巻き戻しだ。」 「はっ…。」 なんで、そんなことを。 なんでっ! なんで! そんなに俺のことが嫌いなのか、そんなに俺のことを恨んでいるのか。 「知らねーよ。でも、これで分かったな。お前が真に死ねるのは、騎士をお前より先に殺すか、呪いに打ち勝てるくらいに俺の力を回復するかだ。」 「お前の力が回復するのは?」 「まぁ、もうすぐたろうな。災悪のおかげで俺は絶好調だ。」 「なら、いいだろ。もう少し待とう。」 目を瞑る。 なんで、騎士が俺を生かすかなんて知らない。 そんなこともうどうだっていい。 「俺は、死ぬんだ。」 悪魔の力が増幅したのは直ぐのことだった。もはや災悪は国中に広がっていることだろう。聖女が召喚される前に死ななければならない。希望を人間がまた新たに持ってしまえば、悪魔の力は沈んでしまう。 「ついに、この日だ。」 両手を広げ、目を閉じる。召喚される前の世界にはもう戻らなくていい。苦しくて悲しいこの世界からおさらば出来るなら、悪魔の胃の中だって幸せに生きていけるさ。 「さぁ、やってくれ。」 悪魔は俺の胸を長い爪先で貫こうとした。しかし、それはまたしても塞がれてしまった。今度は見えない壁のような鉄壁を誇る呪いではない。白い隊服を着た美しい騎士だ。 「ご無事ですか?」 頭に血が上って、俺は騎士を怒鳴りつける。 「なんで、助けた!なんで、なんで、なんで死なせてくれない。漸く死ねるのに。漸く死ねるのに。漸く!死ねるのに!」 「なぜ、そのようなことを…。私は貴女を守る騎士です。貴女を魔から救い出すのは当たり前のことです。」 「嘘つけ!嘘つけ!一度だって助けたことないくせに。一度だって俺のピンチを救ったことがないくせに!苦しんで悲しんで、辛くて、息をするのも嫌だったあの時にさえ!お前は俺を助けてくれなかったくせに!」 「何を…。」 「俺は大っ嫌いだ。大っ嫌いだ。嫌いだ嫌いだ…。もう、解放してくれ。死にたいんだ。殺してよ。」 「なら、こいつから先に殺せばいいな。」 悪魔はニタリと笑って、騎士を殺しにかかった。 「待て!やめろ!」 悪魔は長い爪を駆使して騎士を斬りつけていく。圧倒的な力の差。瞬く間に追い詰めていった悪魔は容赦なく、騎士を殺そうとした。 俺は、俺は…、俺は騎士の前に出て、悪魔の長い爪を俺の胸に突き刺した。 ざくりと音がして、血が大量に溢れ出す。 倒れて行く身体。 ただ、痛いのに、痛くない。 もう痛みに慣れすぎてしまったのだろうか。 何度死んだだろう。 10回? 20回? もっと? 分からない。 分からないけど、もう…生きていたくないよ。 「だい…じょうぶ。明日には、本物の聖女が現れ…る。お前は、お前は、なんの罪にも問われないさ。」 「なぜ、なぜ、貴方は。」 「もう裏切られたくないんだ。ああ、でも、今回はやっとお前の隣で死ねるよ…。」 「あぐっ、ああああああああああああああああ!」

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