9 / 145

第二章 深まる秋

 お父さん、お小遣いちょうだい。  深夜に帰る早々、早紀にそう言われて、父の紀明(のりあき)は苦笑した。 「まずは、お帰りなさい、じゃないのか?」 「あ、そうか。お帰りなさい。このところ、遅いね」 「うん。残業が多くてな」  それはそうと、と紀明はネクタイを緩めながら早紀に問いかけた。 「お小遣い、この前にあげたばかりじゃないか」 「それが、さぁ」  早紀は、今日の放課後にカフェで一杯10,000円のコーヒーを飲んだことを打ち明けた。 「ブラックアイボリー、っていうんだ。5人で飲んだから、50,000円も吹っ飛んじゃった」  早紀の言葉に、紀明は愉快に笑った。 「それは高くついたな。ブラックアイボリー、か」  まさか、この街にあの幻のコーヒーを出す店があろうとは。  紀明は、興味をひかれた。  そこで、財布から札を出しながら早紀に持ち掛けた。 「父さんも、飲んでみたいな。そのうち、連れて行ってくれるか?」 「うん、いいよ」  早紀は父から紙幣を受け取ると、喜んで自室へ戻った。 「いつ、行こう。日曜なら、父さん空いてるかな」  父と一緒に出掛けるのは、久しぶりだ。  もらった小遣いより、そのことの方が嬉しかった。

ともだちにシェアしよう!