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第二章 深まる秋
お父さん、お小遣いちょうだい。
深夜に帰る早々、早紀にそう言われて、父の紀明(のりあき)は苦笑した。
「まずは、お帰りなさい、じゃないのか?」
「あ、そうか。お帰りなさい。このところ、遅いね」
「うん。残業が多くてな」
それはそうと、と紀明はネクタイを緩めながら早紀に問いかけた。
「お小遣い、この前にあげたばかりじゃないか」
「それが、さぁ」
早紀は、今日の放課後にカフェで一杯10,000円のコーヒーを飲んだことを打ち明けた。
「ブラックアイボリー、っていうんだ。5人で飲んだから、50,000円も吹っ飛んじゃった」
早紀の言葉に、紀明は愉快に笑った。
「それは高くついたな。ブラックアイボリー、か」
まさか、この街にあの幻のコーヒーを出す店があろうとは。
紀明は、興味をひかれた。
そこで、財布から札を出しながら早紀に持ち掛けた。
「父さんも、飲んでみたいな。そのうち、連れて行ってくれるか?」
「うん、いいよ」
早紀は父から紙幣を受け取ると、喜んで自室へ戻った。
「いつ、行こう。日曜なら、父さん空いてるかな」
父と一緒に出掛けるのは、久しぶりだ。
もらった小遣いより、そのことの方が嬉しかった。
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