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第二章・4
「いい香り。後味も、好み」
「お気に召しましたか」
うん、と早紀はうなずいた。
うなずいて、衛をうかがった。
「ねえ、衛さん。もう僕たち友達なんだから、ため口でいいよ?」
衛は、その人懐っこさに笑ってしまった。
「そういうわけには」
「ダメ?」
「他のお客様の手前もあるので」
「僕、このカフェの常連になるよ? 常連客の言うことは、少しきいてよ」
二度来ただけで、常連を名乗るとは、本当に人懐っこい少年だ。
その素直で、無邪気な性格は、衛にはまぶしすぎた。
「まぁ、ぼちぼちと」
「ちぇっ、ケチ」
それでも早紀はコーヒーを飲みながら、衛といろんな話をした。
受験のこと、友達のこと、そして、父のこと。
「お父さんが、ブラックアイボリー飲みたい、って。今度、連れて来るよ!」
「では、豆を準備しなくてはなりませんね」
よろしくね、と言い残して、早紀は自分にはまだ少し高いカウンター席から降りた。
外に出ると、秋の木枯らしが冷たい。
そこで初めて早紀は、店内がいかに心地よい温度湿度に保たれていたのかに気づいた。
「素敵なカフェ。素敵なマスター。……いや、衛さん」
無性に嬉しくなって、はしゃぎながら歩いた。
早紀は、幸せだった。
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