15 / 145
第二章・7
息子がいつも、お世話になっております。
紀明は、そう衛に頭を下げた。
「メビウスさんの話は、いつも息子から聞いております」
「それは光栄です」
大人の定型的な挨拶がつまらない早紀は、父に向って乗り出した。
「ね、父さん。ちょうど良かった。飲もうよ、ブラックアイボリー」
「ん? あぁ、すまない。父さん、ちょっとマスターと話がしたいんだ」
そして、先に帰っていなさい、と言うのだ。
「えぇ? 嫌だ。父さんと一緒に、コーヒー飲みたいよ」
「我がまま言わないで、今夜は先に帰りなさい」
優しいが、二度言わせたことをきかないと、怖い父だ。
早紀はしぶしぶ、カウンターを離れた。
「ちゃんとタクシーで帰るんだぞ」
「はーい」
「遅いから、先に寝てなさい」
「はい」
唇を尖らせて、不服そうな返事をしながら出て行った早紀を見送り、紀明は改めて衛に向き合った。
「実は、今日はお願いがあって伺いました」
「何でしょうか」
「早紀を……、ここで雇ってはいただけないでしょうか?」
あまりにも突然な、そして意外過ぎる紀明の申し出だった。
衛は、すぐには返答できなかった。
ともだちにシェアしよう!