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第三章・3
「コーヒー、お代わりなさいますか?」
「いえ、私はもう行かなくては」
そう言う紀明は、切羽詰まった表情をしていた。
必死だった。
「息子さんには。早紀くんには、事情をお話しなさいましたか?」
「いいえ。明日、手紙で知らせようと思います」
そうですか、と衛はうなずいた。
それはそうだろう。
知っていれば、先ほどまでのあの無邪気さは作れない。
(あの笑顔を、失くしたくない)
伸びやかなあの心を、壊したくない。
「では、再びお会いした時には、早紀くんの淹れたコーヒーが出せるようにしておきます」
「あ、ありがとうございます……!」
今夜のコーヒーは、メビウスのオリジナルブレンドだ。
税込み550円だが、衛はそれを紀明に御馳走した。
「隠れて暮らすには、紙幣はおろか銀色の硬貨まで貴重になりますからね」
「面目ありません」
いいえ、と衛は紀明の目を見た。
「死を選ぶより、生きる道を選ばれた。あなたは、早紀くんの言う通り、素晴らしい人だ」
何があろうと、しぶとく生き延びてください。
そう、彼を激励した。
紀明は、何度も振り返りながら店を後にした。
衛もまた、彼の姿が消えるまで見送った。
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