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第三章・7
「だが、残っているものはあるから。だから、安心しなさい」
「何だろ。僕、何にも持ってないよ」
「その鋭敏な味覚だ。コーヒーの味の分かる舌を、お父さんは残してくれたよ」
「……」
「ここで働いていくには、大きな取柄になる」
働く。
僕は、ここで働くんだ。
(父さんは、衛さんを信じて僕を預けてくれたんだ)
だったら、僕も信じよう。
「僕、働くよ。ここで働いて、父さんを待つよ」
「それがいい」
衛は、横になった早紀の小さな体に、毛布を掛けてやった。
「お昼になったら、迎えに来るから」
「何も食べたくない」
「嫌でも食べるんだ」
そう言い残し、衛は休憩室から出て行った。
独りになり、早紀は再び涙を流した。
枯れたと思っても、次々に湧いてくる涙。
脳は充血していて、とても眠れそうにない。
ただ、衛の残り香にすがった。
優しい、コーヒーの匂い。
温かな、楽しい思い出。
(違うんだ。今から、なんだ。全ては今から、始めるんだ)
衛さんと一緒なら、大丈夫。
それだけが、早紀に残された希望の光だった。
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