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第四章・3

 衛宅のバスルームは、ほとんど何も置かれていなかった。  ボディーソープに、シャンプー。  体を洗うための、スポンジ。 「僕、お風呂にアヒルなんか置いてたなぁ」  友達が、くじで引き当てたアヒルのおもちゃ。 『こんなもん、要らないよ』 『だったら、ちょうだい。僕、お風呂で遊ぶから』 『早紀、ガキかよ!』  そして皆で、笑ったんだ。 「いけない。また、泣けてきちゃった」  眩しい思い出は、みんな過去の出来事。 「前を。前を向かなきゃ」  温かいバスタブから出て、早紀は最後に冷たい水で顔を洗った。  これで少しでも、顔を引き締めるつもりだった。 「冷たい」  瞼を冷やし、その腫れを癒した。 「これで少しは、まし。かな?」  だが心の傷は、まだ生々しいままだ。  そこへ、脱衣所からガラス戸越しに衛の声がした。 「早紀くん?」 「あ。今、上がるところ」 「そうか、良かった」  衛さんがいてくれる。  早紀は、改めてそう頷いた。

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