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第七章・5

 感心なことに、早紀は先ほどまで居た常連客の名前とオーダーの好みをメモしていた。 「吉井さまは、トースト固め。三村さまは、コーヒー濃い目。下條さんは、卵を半熟に」 「熱心だな」 「僕、人の顔と名前を覚えるのは、得意なんだ」  後は、皆さんの好みを覚えなきゃね。  そう笑う早紀の髪を、衛は優しく撫でた。 「その調子で」 「はい!」  午前中は客足もまばらで、時間に余裕があった。  そこで衛は、アルバイトの宮木の紹介を軽くしておいた。 「宮木くんは大学生で。講義が終わった時間に出勤してくるよ」 「大学生か。いいなぁ」  しまった、と衛は口をつぐんだ。  本来なら、早紀は高校三年生。  大学入学に向けて、受験勉強の真っ最中だったのだ。 「軽率だったかな。すまない」 「ううん。気にしてないよ」  今の僕は、今できることをするんだ。  そんな早紀が頼もしくもあり、痛々しくもある。 「早紀。朝も言ったが、気分がすぐれないときは仕事を休んでゆっくりしていていいんだからな?」 「ありがとう。でも、平気。動いてた方が、気もまぎれるし」  それより、と早紀はカウンターの衛に向かって身を乗り出した。 「宮木さんのこと、もう少し教えて。僕、仲良くできるかなぁ」  そんな前向きな早紀に救われながら、衛は語った。

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