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第八章・2
「宮木 秀一(みやき しゅういち)です。よろしく」
「ありがとうございます」
握った早紀の手は、華奢で柔らかかった。
これまで働いたことのない人間の、手だ。
(富豪の息子が、なぜカフェで働く必要があるんだ?)
確か、一か月のお小遣いが10万円とか言ってたっけ。
それを知るには、午後の客をさばききるだけの時間が必要だった。
美味しいコーヒーの飲めるカフェがある、という口コミのおかげで、メビウスはそこそこ繁盛するようになっていたのだ。
早紀もまた、秀一に質問するのはプライベートに関することではなく、仕事の話ばかりだった。
『宮木さん、オーダー取りました。後は、衛さんに伝えればいいんですよね?』
『宮木さん、エスプレッソ2つ、どのテーブルですか?』
『宮木さん、お客様がグラス割っちゃいました!』
目の回るような忙しさで、気が付けば休憩時間だった。
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