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第十一章・5

『だったら、今夜は外で食事をしよう』  その言葉に、早紀は痺れた。  赤くなり、熱くなった。  ただの夕食ではない何かを、衛の口調から感じ取っていた。 (どこか、素敵なところに連れて行ってくれる予感!)  その後は、まるで早退した秀一のようにふわふわと過ごした。  一流ホテルで、ディナーかな?  プレゼントに、婚約指輪とか出されたらどうしよう!  妄想は、とどまるところを知らない。 「早紀、コーヒー淹れたぞ。運んでくれ」 「あ、はい!」  そこで早紀は、秀一のリプレイのようにコーヒーをこぼしてしまった。 「しまった!」 「早紀、大丈夫か?」  幸い火傷は負わずに済んだが、衛は困惑していた。 (一体今日は、どういう日なんだ?)  客はこれまた鷹揚な人間だったので、事なきを得た。  しかし……。 「早紀、すまない。私が話しかけたりしたからだな」 「ううん。僕がちょっと、ぼんやり考えごとしてたから」  ごめんなさい、と早紀は素直に謝った。 「熱は無いか? 体温計で、測ってみなさい」 「だ、大丈夫だって!」  万が一、熱でもあれば、夕食に出られなくなる。  早紀は必死で逃げた。

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