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第十四章・3
「さて、閉店っと」
午後8時になり、早紀は営業中の看板を片付けに、外へ出た。
そこへ、人影が動いている。
「申し訳ございません。本日は閉店でございま……、秀一さん?」
「や、やぁ」
そこには、今頃は恋人と一緒に過ごしているはずの、秀一が立っていた。
「どうした?」
「衛さん、秀一さんが」
暗くて解りづらいが、秀一の表情は固い。
衛は、これは何かあったな、と彼を店内に入れた。
カウンターに掛けさせ、一度は切ったエアコンを入れる。
衛はその間、ずっと黙ってコーヒーを淹れていた。
冷えた体が温まると、秀一は少しずつ話し始めた。
自分がどうして、今ここに居るのかを。
ブレンドを前に、秀一はうなだれている。
「では、イヴのこの日に、恋人と別れた、と」
「はい……」
聞くところによると、秀一の恋人はプレゼントだけはしっかり貰って、その後に別れ話を切り出した、と言う。
「ひどい! そんな人、別れて正解だよ!」
「俺、もう何が何だか解んなくなっちゃって。気づいたら、ここに」
ここに来たことは、正解だ。
衛は、そう考えた。
そんな夜に独りでいると、ろくなことを考えやしない。
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