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第十四章・5
「秀一さん、辛かったら泣いてもいいんだよ? 僕だって、いっぱい泣いたし」
「早紀くん」
「泣いて泣いて、そして前を向くんだ。僕は、そうした」
「う、うん」
それでも、年下の早紀の前では、泣きづらい。
舌先を噛んで必死で耐えていると、その早紀が突然に歌い始めた。
「ジングルベール、ジングルベール、鈴が鳴る~!」
「さ、早紀くん?」
「泣けないのなら、歌おう! 馬鹿みたいに!」
「そうだな。そうだよ」
大声で歌い、わめくうちに、秀一の目からは自然に涙がにじんできた。
愛する人は、もういない。
ひどい裏切りを受け、秀一は傷ついていたのだ。
「暴れん坊の~、サンタクロース~。クリスマス前に、やって来た~」
「早紀くん、それは『あわてんぼう』だろ?」
それでも、笑う。
泣き笑いだ。
「泣いて、秀一さん。いっぱい泣いて、いいんだよ!」
「う、うぅ。でも、暴れん坊は、ないだろ?」
車内は泣き声と笑い声の、混沌とした空間になってしまった。
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