106 / 145

第十五章・7

 キッチンに残された秀一は、一人で汗をかいていた。 「そんな。ダメだよ、早紀くんはマスターの恋人なんだから」  しかし、意識しないようにすればするほど、早紀の姿は秀一の頭から離れない。  もしかして。 「もしかして、以前から少しずつ惹かれてたのかもしれない」  そして、それに勘付いた恋人が、別れを切り出した、と。  そう考えると、何だかつじつまが合う。 「ダメだ……」  秀一は、テーブルに突っ伏した。  俺は今、フラれたばかりで、普通の精神状態じゃないんだ。  だから、早紀くんのことを……。 「お待たせ!」 「あ、いや。待ってない、待ってない」  突然現れた早紀に、心臓が高鳴る。  まるで秀一の気持ちなど気付かずに振舞う、無防備な仕草にドキリとする。  無邪気な笑顔に、心が吸い込まれそうになる。 「明日、気分が悪かったらバイト休んでいいからね?」 「平気だよ。ちゃんと出るよ」 「ん? 何か、強気?」 「まあ、ね」  早紀くんに会うために、バイトに行こう。  秀一の気持ちは、変化していた。  失恋の痛手は、和らいでいた。

ともだちにシェアしよう!