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第十九章・3
「早紀が。早紀くんがそうしたいなら、私も同意します」
「ありがとうございます、弓月さん」
さあ、と紀明は早紀の両肩に手を置いて、軽く揺すった。
「父さんは、先にあの家に戻るから。なぁに、気が向いたら、いつでも帰っておいで」
「うん。ありがとう、父さん……」
しかし正直、早紀の反応は意外だった紀明だ。
喜び勇んで、共に懐かしいあの家に帰ると思っていたのに。
(この数ヶ月で、早紀は大きく成長したんだな)
そしておそらく、この弓月さんを愛してしまったのだ。
だが、それは実らぬ恋になるだろう。
(あまりに、立場が違いすぎるよ。早紀)
父として応援してあげたい気持ちはあるが、弓月家の御子息が相手となると、訳が違う。
残りの二週間を、せめてもの思い出にしてあげたい。
そう願うことで、精いっぱいだった。
「弓月さん、厚かましい願いですが、早紀をよろしくお願いします」
「お父さんも。いつでもここに、コーヒーを飲みにいらしてください」
早紀くんが、腕を振るいますよ。
そう言って笑う、衛だ。
(衛さんの、バカ)
僕がこんなに苦しいのに、何が可笑しいのさ!
マンションに帰る車内で、早紀は無言だった。
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