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第4話

「煜瑾を放せ。恥をかくぞ」  急に文維は真剣な顔つきになり、怒気を含んだ声で低く言い放った。 「ふざけるな、そんな脅しが通じると思っているのか」  中心になっている3人の男たちの内で、一番腕力に自信がありそうな大男が、荒々しい様子で立ち上がった。  内心、面倒なことになったと後悔する文維だが、恐怖は感じていない。 「よしなさい!」  その時、凛とした声が響き、その威圧感に周囲が硬直した。  文維はホッとして思わず頬を緩め、煜瑾の怯える目を見詰めた。 (ああ、相変わらず美しい子だ…)  昔から包文維が唐煜瑾に抱く感想を、胸の中で淡々と繰り返した。  黒目勝ちの宝石のような瞳。それを縁取るフランス人形のような長く濃い睫毛。今はそこに涙が溜まっていて、痛々しくも可憐に見える。  スッと通った細い鼻筋に、品よく引き締まった口元。高校時代はもっとふっくらとして、紅を差したような唇だったように文維は記憶している。  怜悧に整った顔立ちは上品だが冷ややかで、高校時代は「孤高の美少年」、「高嶺の花」と、美し過ぎて遠巻きにされていた煜瑾だった。 「私のゲストに何をするのよ!」  このパーティーの主役である、エミリー・シューが、礼儀を(わきま)えない男たちを一喝した。  どうやら、この粗野な男たちはエミリーの直接の友人では無いようだ。おそらくは同じ成金仲間が連れてきたのだろう。高学歴、高収入の人間であっても、彼らのように育ちが悪い者は本当のエリートの仲間にはなれないのだ。 「私のために、唐家の深窓の王子様がわざわざ来てくれたというのに、なんて無礼なの。可哀想に、煜瑾が泣いているじゃないの。彼のお兄様に私はなんと言い訳をすればいいのよ!」  今夜の主役として恥をかかされたと、エミリーは大げさなほどに騒ぎ始めた。 「エミリー、煜瑾の顔色が悪い。良ければ私があちらで介抱をするから」  取り成すように文維が声を掛けて、ようやくエミリーは男たちを怒鳴りつけるのをやめた。 「お願いするわね、ドクター」  エミリーは心配そうに煜瑾を見守りつつ、文維が抱き起し、医務室へ運ぶ邪魔をしないよう、他のゲストに命じた。 「本当に不愉快だわ。あなたたち、誰に招待されたのかおっしゃい!招待した人も、もちろんあなたたちも、今後2度と出入り禁止よ!」  世界中を飛び回る富豪であり、世界の王侯貴族、政界、財界の大物とも親交がある本物のセレブであるエミリー・シューには、セレブなりの矜持がある。遊びだと笑って許せる範囲ならまだしも、世間知らずの、唐煜瑾のような王子様を苛めるような真似は許せないのだ。  そんな義侠心、道義心を彼女は持っていた。  まるで、古装劇に出て来る江湖の女侠客だ、と文維はフッと笑った。

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