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第6話
「!」
意識朦朧だと思っていた煜瑾が、その瞬間全身を硬直させ、恐慌状態に陥り、激しく抵抗した。
それでも、素早く文維は口移しに水を与え、そのまましばらく口呼吸をさせないよう、唇を塞いでいた。
闇雲に暴れていた煜瑾だったが、弾みでゴクリと口中の水を呑み込むと、ハッと我に返ったのか目を開き、自分に強引なキスをしている相手が、まさかの包文維であると気付いた。
その瞬間、全身の力が抜け、大人しくなった。
それを確かめ、文維はゆっくりと体を離し、いつもと同じ安心感を与える柔和な笑みを浮かべて、煜瑾の深く美しい瞳を覗き込んだ。
「落ち着きましたか?」
「あ…あの…、はい…」
子供のように澄んだ瞳で、煜瑾は文維を見詰め、何かを言おうとして言葉が出ずに、その形の良い唇をソッと噛んだ。
高校時代は、そんな仕草を可愛いと思ったこともあった文維だったが、幼さが消えた煜瑾からは、妙な色香が感じられた。
「さあ、もう少し水を飲んで。私が送って行きましょう」
文維は優しく煜瑾の背を撫で、呼吸も正常になったのを確かめた。
背中に感じた文維の手の温かさに、安心感と同時に、変な緊張感を覚える煜瑾だった。
「1人で、帰ります…」
「遠慮することはないですよ。私たちの仲じゃないですか」
そう言った文維の言葉に驚いて、煜瑾は重い睫毛を持ち上げるように、ゆっくり文維を見返した。
「私たちの…仲、ですか?」
不思議そうな顔をしている煜瑾を、文維は優しい眼差しで見守りながら、静かに頷いた。
「高校時代は、楽しかったですね」
文維がそう言うと、煜瑾もフッと可憐な口元を緩めて、微笑んだ。上品で、かつ魅惑的な笑顔に、文維もドキリとする。
煜瑾は、本当に変わった、と思う。
両親を早くに亡くし、裕福な兄に溺愛された煜瑾は、高貴な育ちのせいで自意識が高く、それでいて人見知りをするような、大人しく、気難しい少年だった。
それでも文維の従弟である羽小敏 と友達になったことで、少しずつ心を開き、煜瑾は変わった。高慢で冷淡に見えたのは煜瑾という少年のほんの一部で、実際には思いやり深く、素直で聡明な子であることを、文維は知っていた。
だが、高校を卒業して10年も経った今、文維自身、変わってしまったと思う。
煜瑾もまた、この10年で何かあったとしても不思議では無い。
無垢で素直な美少年が、パニック障害を抱える大人になったとなれば、自分の出番だな、と文維は、先ほど盛られたドラッグの影響でまだ少しぼんやりしている煜瑾の研ぎ澄まされたように美しい横顔を見て思った。
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