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第11話
「小敏 !」
友人と夕食を済ませ、午後10時に自宅のアパート前でタクシーを降りた羽小敏 は、急に背後から名前を呼ばれて、驚いて振り返った。
アパートのすぐ近くに停めてあった、見慣れない赤い外車のドアが開いていた。そこからひょっこり顔を出したのが、高校時代の後輩であることに気付いた小敏は、いつもの素直で明るい笑顔を浮かべた。
現れた後輩は、鍛えた筋肉には張りがあり、褐色の肌がツヤツヤとしている。現役のアスリートらしい代謝の良さそうな引き締まった肉体だ。
それを羽小敏は、芸術的な視線で美しいと思った。
「どうしたの?随分と久しぶりだね」
呑気な小敏の笑顔に、後輩の申玄紀 はちょっとムッとする。
「久しぶりも何も…さっきドイツから帰ってきたばっかりなんですよ」
「そうなんだ、旅行?」
そう言って、気楽にケラケラと軽く笑う小敏が、玄紀には本当に恨めしい。
「あ!お土産持って来てくれたんだね。ありがとう!」
「なんでそうなるんだよ…」
不満そうにぶつぶつ言いながら、玄紀は助手席に置いた空港免税店のギフトバッグを手にして、赤いBMWから下りた。
「わざわざありがとう」
屈託なく手を伸ばし、プレゼントを受け取ろうとする小敏に玄紀は戸惑う。
「ここで?せめて貴方の部屋に入れて下さいよ」
「え~、ウチに来るの?」
迷惑そうというよりも、思いも寄らなかったという驚きを見せながら、ニコニコと小敏は受け取ろうとした手を素直に引っ込めた。
羽小敏の「天然」ぶりは今に始まった事では無い。高校時代から、優しくて人当たりが良く、誰にでも親切なのが羽小敏だった。
(この、ビッチが…)
高校、大学までは、ただの八方美人だと思っていた。
ただ1人を除いては、全てのその他大勢を公平に扱ってはいたが、玄紀はその中の「特別」になりたいと、ずっと思ってきたのだ。
けれど、当時の小敏にとって、特別だったのは従兄の包文維 ただ1人だった。
そして小敏が大学生になった時、2人は付き合っていることを公言したのだという。
その時ほど、玄紀は自分が年下であることを悔しく思ったことは無かった。仲良しのみんなはすでに大学生で、自分1人が高校に取り残されたような気がしたのだ。
文維が6年間の医大を卒業する前に、小敏は文系の大学を4年で卒業し、そのまま日本へ留学してしまった。
そして日本の大学に2年、大学院に2年在学した小敏は、3年前にやっと地元上海に戻って来た。
その時にはもう、小敏は玄紀にとって別人になっていた。
日本への留学で何を覚えて来たのか。
それとも留学を機に、初めて付き合った包文維と別れたことがきっかけだったのか。
「誰にでも優しい」羽小敏は、通りすがりの相手にも体を許す、「誰にでも緩い」男に変わっていた。
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