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第12話
この時間に帰ってきたと言うことは、羽小敏 の今夜の食事の相手は、本当に「食事の相手」だったのだろう。
それでも、申玄紀 は気に入らない。
小敏が自分を部屋に上げたがらないのは、すでに誰かが待っているのか、これから誰かが来るからかもしれない、と玄紀は勘ぐってしまう。
「もう遅いから、あんまりおしゃべりはできないよ」
言いながら小敏は、玄紀の空いた方の手を取った。
「行こう」
ごく自然に小敏は、玄紀の手を引いて歩き出す。
高校時代の一学年下の後輩だったというだけで、背丈だけでなく、体格も、言いたくはないが年収も、ずっと小敏の上を行く玄紀に対して、こんな風にいつまでも子ども扱いされることが、玄紀は一番不満だった。
「で、どうしてドイツに?」
エレベータの中で無邪気に小敏が訊ねる。
プッと唇を尖らせた玄紀の不愉快そうな様子に、小敏は理由が思い当たらず、とても玄紀より年上には見えない、色白の可愛い童顔を無遠慮に玄紀に近付けた。
「怒るようなことかい?」
高校時代までは、こんな距離も嬉しくてはしゃいでいた玄紀だったが、今となっては、息遣いや体臭を感じる近さは苦しいばかりだ。しかも、オトナになってからの小敏は、使っているシャンプーやオーデコロンのせいなのか、やたらといい匂いがする。
「怒ってないですぅ!」
そう言って、玄紀は小敏の肩を押し返して、自分から遠ざけた。
「だって…」
「怒ってないけど、ドイツに行く前に会いましたよね。その時に話したのに、覚えてないなんて…」
ふくれっ面の玄紀を、(昔から変わらないな)などと内心苦笑しながら、小敏は何でもないことのようにサラリと言った。
「そうだったっけ?」
人の良さそうな笑顔を浮かべている小敏に、玄紀は失望する。
分かっているのだ。誰にでも親切な小敏だが、長い付き合いのせいなのか、玄紀に対してはどこか適当だ。後輩で、弟のような存在ということが、こんな風に軽んじる理由なのだろうか。
これが、元恋人の包文維 や、同級生の唐煜瑾 の話だとしたら、きっと細やかに覚えている。
「そう言えば、お土産買ってきてって、言ったような気がする…」
無責任なことを言って、小敏は停まったエレベータのドアが開いた途端に、先に立ってスタスタと歩き出した。
だから、これが他の人なら、ドアを開けて待っていてくれるのが羽小敏という人のはずなのに、相手が玄紀だからなのか、気にも留めてくれない。
「あ、この前、日本の友達に貰ったチョコレートがあるよ、食べる?」
先に部屋に入り、明かりを点けながら小敏は言った。
その一言に玄紀はドキリとする。ドイツから買って来た物の中に、チョコレートがあったからだ。
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