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第16話

 翌日、唐煜瑾(とう・いくきん)の兄から包文維(ほう・ぶんい)のクリニックに予約の電話が入った。  電話を取ったのは、ベテランの医療秘書である張春梅(ちょう・しゅんばい)だった。彼女の事は偶然の採用だったのだが、文維よりも年上で、他のクリニックでの経験も豊富な張女史に、まだまだ文維は助けられることも多い。 「はい。はい。そのお時間で問題ございません。診療時間は30分が基本ですが、今回は初診となりますので、60分のご予定をしていただきたいのですが?はい。ありがとうございます。次回からの予約は、今回の面談の後に、ご本人とカウンセラーが直接ご相談の上、決めさせていただきます」  てきぱきとした張女史の対応に、電話の向こうの唐煜瓔(とう・いくえい)も押され気味なのが、離れた席に座っている文維にも見て取れる。  満足げに電話を切った張女史は、自分を興味深そうに見詰めている文維に、悠然と振り返った。どこかドヤ顔と言っていい風情だ。 「伺っていた以上に、唐煜瓔はブラコンですわね。愛人でもこんなに干渉されたら嫌われますよ」  張女史のお茶目な口ぶりに文維は苦笑した。愛人などと、とんでもない(たと)えだが、確かに唐煜瓔の弟への執着ぶりは、それに近いか、それ以上だ。 「稀代の貴公子(プリンス)・唐煜瓔も、貴女にかかっては一溜(ひとたま)りもありませんね」  文維が揶揄(からか)うと、張女史も笑顔になり、改めて予約内容を報告した。 「明日、水曜の朝10時に、『煜瓔殿下』自らが『弟(ぎみ)』を連れて来られるそうです。お迎えにも来ると言われたので1時間後、とお伝えしています。でも…」  張女史がメモから目を上げて、チラリと文維を見た。そして、意味ありげに微笑む。 「?」 「カウンセリングが終わるまで、こちらでお待ちになりたい様子ではありましたね」 「それは…」  もちろんカウンセリングルームは完全防音で、張女史が常駐している待合室へと声が漏れ聞こえることは一切ない。しかし、ドア一枚向こうに兄がいると意識をしただけで、煜瑾の反応が変わってしまうのは文維には分かっていた。  困った顔をする文維に、張女史は自信たっぷりな顔をして、鷹揚に頷いた。 「その辺りの事は、お任せくださいな。私だって、こう見えてもプロですからね」  その一言で、文維の眉間も開く。  彼女を紹介してくれた羽小敏には、会うたびに感謝している。それほどに彼女は信頼できるし、有能なのだ。 「本当に、貴女が居て下さって助かっています」 「私も、ドクターの気前の良さを信じておりますわ」  昇給かボーナスを期待する張春梅に、文維はやや圧倒されながらも、何度も首を縦に振った。

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