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第18話

 包文維(ほう・ぶんい)唐煜瑾(とう・いくきん)、そして張春梅(ちょう・しゅんばい)は顔を見合わせ、微笑み合い、それ以上は何も言わずに、それぞれの役割を果たすことにした。  つまり、張女史は待合室の隅にあるカウンターの中の専用デスクで、煜瑾の問診票を個人データに入力する作業に入り、文維と煜瑾はドアの向こうのカウンセリングルームに向かった。  ドクター・包文維の診察室は、治療を施す病院のそれとはまったく趣きが違う。  まるでそこは、誰かの書斎のように静謐で、趣味が良く、安心感を与えた。  西洋のアンティークな書架には装丁の美しい洋書が並ぶ一方で、中国の伝統的な両端が反り返った様式の長机の上には、見事な工芸の香炉が乗っていたり、品のある水墨画の清河図が並んでいる。西洋と東洋のインテリジェンスを並べているが、決して猥雑な印象はなく、むしろ心を解放させる優雅さがある。  生れながらにして最上の物しか与えられたことの無い唐煜瑾でさえも、すっと馴染むような高級で上品な部屋だった。  この大都会・上海で、セレブ専門のカウンセラーをするということは、そういうことなのだと、文維はカウンセリングの本場とも言えるアメリカで、しっかり学んできたのだ。  専門家らしい柔和な笑みを浮かべ、何も言わずに文維はこの部屋で一番高価な、居心地のいいカウチソファを煜瑾に勧めた。  緊張した様子で、それでも気品のある動作でカウチに腰を下ろす煜瑾を、文維は静かに見守った。  そして一呼吸おいて後に、ほんの少し小さめの声で、穏やかに話し掛ける。 「では最初に、ここでのルールを話し合っておきましょうか」 「ルール?」  これから何が始まるのだろうかと、煜瑾は心配そうに文維を見つめた。    煜瑾の黒々とした深い瞳は深淵で魅惑的だが、その黒い宝石が宿る白目の部分が、うっすら青みを帯びているように見え、まるで穢れの無い純真な天使のようだった。 (ああ、本当にキレイな子だなあ。見た目だけでなく、魂の美しさを感じる)  包文維は、高校時代から唐煜瑾を目にするたびに、心の内で繰り返してきた感想を、今も改めて抱いた。  だが、プロのカウンセラーとして見とれているわけにもいかず、優しく煜瑾に説明をする。 「ええ。2人だけのルールです。煜瑾に納得できないことがあれば、改善していきますからね」 「はい」  これまで、兄の勧めで何人かの精神科医と話したことがある煜瑾は、文維が言わんとすることはすぐに呑み込めた。 「まず、ここで煜瑾が話したことは、私は決して誰にも言いません。煜瑾が誰かに話していいと思っていても、です」  それは暗に煜瑾の兄、唐煜瓔(とう・いくえい)の存在をほのめかしていた。 「誰かに知って欲しい内容があれば、私からではなく、煜瑾自身が話して下さい。私は誰に求められようが、煜瑾がここで話したことは、絶対に外へは漏らしません」  文維の丁寧な、そして誠実な申し出に、明らかに煜瑾は安堵の表情をしていた。

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