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第19話

 おそらくは包文維(ほう・ぶんい)の予想通り、これまでのカウンセラーたちは、大富豪であり絶対権力を持つ兄・唐煜瓔(とう・いくえい)からのプレッシャーに負け、煜瑾(いくきん)の信頼を裏切っていたに違いない。  自分が話したことを、兄・煜瓔が全て知ることになると分かっていて、煜瑾が正直に悩みを話すはずがなかった。 「次に、ここでは煜瑾が言いたくないこと、したくないことはしなくて構いません」  そして文維は、この上なく効果的な柔和な笑みを浮かべた。 「では、ここで何をするのですか?」  少し困ったような顔をする煜瑾に、文維はわざと明るい声をあげて笑った。 「はははっ。そうですね、することがないと困りますね」 「文維…?」  それまで表情が固かった煜瑾だったが、文維の笑い声に驚いたのかキョトンとした表情になり、それをきっかけに頬が緩んだ。  端正な美貌は表情を失ってもなお、冷ややかな美しさを持つが、やはり煜瑾は笑った方が魅力的だと文維は思った。 「ここでは、煜瑾のしたいことだけを、高校時代の友人である私と2人でする時間、ということにしましょう。煜瑾が話したいことを話したり、お茶を飲んだり、たまにはゲームなんかもしましょうか」  何も強制をしようとしない文維の申し出が、煜瑾には心から嬉しかった。 「私は、煜瑾が好きなんです」 「ぶ、文維!」  突然の告白に、初心な煜瑾の白い肌が朱に染まる。 「大好きな後輩であり、友達だと思っています。だから、煜瑾が苦しんでいるのなら、何か手助けがしたい。そう思っています」 「文維…」  煜瑾は文維の誠実な瞳をじっと見つめ、彼を信じたいと切実に思った。  けれど…。  煜瑾は、どうしても誰にも言えない過去があった。その事を、兄はもちろん、文維にも知られたくなかった。  兄や文維を失望させたくはないのだ。 「あの…」 「?」  おずおずと遠慮がちに煜瑾は口を開いた。 「お茶をいただく時に、お菓子を持って来ても、いいですか」  屈託のない煜瑾の申し出に、文維は明るい笑顔を浮かべ、その笑顔がまた煜瑾を喜ばせた。 「煜瑾は、お菓子が好きなのですか?」  さも煜瑾の答えに関心がある様子で文維は聞き返す。そうして、部屋の隅にある大きめのティーテーブルで、紅茶を入れ始める。独特の苦みを感じさせる香りは、アールグレイだと煜瑾は気付いた。  まさか、文維が学生時代に煜瑾がアールグレイのミルクティーを好んでいたことを覚えているとは、思わなかった。おそらくこれは偶然なのだと自分に言い聞かせたが、それでも煜瑾は嬉しかった。

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