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第20話

 唐煜瑾(とう・いくきん)が、1つ年上の包文維(ほう・ぶんい)と出会ったのは、上海にある名門私立学校の高等部でのことだった。  それまで煜瑾は、幼稚園、小学、中学と別の私立学校に通っていたのだが、思春期の少年たちはそれが上流階級の子弟たちであっても、多少荒れる時期だ。大人しい煜瑾はそれらの一次的な粗暴さに巻き込まれることはなかったが、同級の数名が学外で暴力事件を起こしたことで、学内の指導に不信を覚えた兄の唐煜瓔が、大事な弟を守るために転校させたのだった。  高貴な生まれのせいで自意識が高く、自分から心を開いて友達を作るタイプではない煜瑾にとって、高校からの転入は戸惑うばかりだった。周囲には、唐家の権威や煜瑾の美貌に関心のある者たちが何人も集まって来たが、煜瑾はそれらを友人とは思えず、いつも不満そうに冷淡な表情でいた。  だが、それがかえって「孤高の美少年」「氷の貴公子」などと評されてしまい、ますます人との距離が広がってしまった。  それを高慢と見るものもあり、煜瑾はどれほど多くの信奉者に囲まれていても、いつも孤独を感じていた。  そんなある日のことだ、(うるさ)い取り巻きたちから逃れ、図書館の隅でぼんやりしていた時だった。本は開いているものの、目で追うことも(わずら)わしく、煜瑾は窓の外を見ていた。  そこからはテニスコートが見えた。テニス部だろうか、男女混合のダブルスで試合をしている。  その選手の1人に、煜瑾は目を止めた。  周囲で応援をしている学生たちを含んでも、なお、ずば抜けてスラリとした長身でスタイルが良く、機敏だが優雅な動きで次々と打ち返していたかと思うと、ハッとするほど鋭くスマッシュを決め、あっと言う間に勝利を決めてしまった。まるで彼の独り舞台で、一方的な試合だったが、誰一人不満はない見事なプレイだった。 (かっこいいなあ)  幼少期から大人しいのと、過保護な兄が怪我を心配するため、スポーツなどもあまり経験していない煜瑾は、彼の舞うような動きに心を奪われてしまった。  煜瑾が、兄以外の人間に対して、尊敬や憧れを抱いたのは、これが初めてだった。 「ね、これ食べない?」  ぼんやりしていた煜瑾の前に、スイと差し出された手に、驚いて声も出せずに、煜瑾はその手の持ち主の顔を見返した。  そこに居たのは、色白の子供っぽい無邪気な笑顔を浮かべた可愛い少年だった。 「君、顔色が良くないよ。お腹空いているんじゃない?これ、あげる」  少年が差し出したのは、白いウサギのキャラクターでよく知られた、ミルクキャンディだった。  何の邪念も感じられない少年の申し出に、煜瑾は戸惑いながらも断る理由が見つからなかった。 「ありがとう…」  小さな声で礼を述べ、煜瑾は「大白兎(ホワイト・ラビット)」ブランドのミルクキャンディを受け取った。 「早く口に入れて!お菓子を持っているのを見つかったら、図書館から追い出されるよ」  少年は悪戯好きな顔をして、煜瑾の耳元で囁いた。 「う、うん…」  慌てて包装紙を剥がし、煜瑾はミルクの濃厚な味を口の中いっぱいに味わった。 「美味しい?」「美味しい!」  同時に言って、2人は顔を見合わせ、声を上げないように気を付けながら、クスクスと笑い合った。  これが、同級生の羽小敏(う・しょうびん)と親しくなったきっかけだった。  その後、羽小敏の従兄だという1つ上の先輩を紹介されたが、それが、煜瑾が密かに見つめていた包文維だったのだ。

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