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第24話

 まるでエスコートをするように煜瑾(いくきん)の手を下から支え、文維(ぶんい)たちはバスルームを出た。  先ほどまで居たカウチに煜瑾を座らせると、文維は少し離れた自分のデスクの引き出しから、簡易な救急箱を取り出し、煜瑾の傍に戻ると、足元に(ひざまず)いた。 「ダメです。文維、立って下さい」  煜瑾は慌てて文維の腕を掴んで立たせようとする。 「いいんですよ」  文維はにこやかにそう言うが、煜瑾は落ち着かない。 「イヤです。文維を跪かせるなんていうことを、私がイヤなのです」  泣きそうにキレイな顔を歪める煜瑾に、文維ですら、ふと加虐的な欲望が掠めた。 (無自覚とは言え、これはとんでもなく小悪魔な美青年だぞ)  その気が無いとはいえ、男の劣情をそそるような艶めかしい表情をする煜瑾に、文維は思わず警戒をする。 (相手は患者だぞ。包文維、しっかりしろ。プロなら、欲情に溺れるな)  理性的な包文維は、煜瑾の無意識の誘惑に流されまいと自制した。 (患者を…、唐煜瑾を好きになってはいけない…)  白く、少し震える煜瑾の手を、文維はそっと取り上げた。 「火傷の痕などの心配はいりませんね。例え、ほんの少しでも傷をつけようものなら、煜瓔お兄様にどれほど叱られるか分かりませんから」  冗談めかして言うが、それは本当のことだと、煜瑾は思う。  だから、このことは絶対に隠しておきたいし、文維が煜瓔兄に嫌われでもして、もうこのクリニックに通えないというようなことには、絶対にならないようにしたかった。 「兄には、言わないで下さい」  不安そうな眼差しで煜瑾は、俯いていた文維の顔を覗き込んだ。 「はい?」  言われた文維は、軽い気持ちで顔を上げる。  すると、そのすぐ目の前に、心細げな煜瑾の顔があった。  驚いたのは、煜瑾も同じだ。  急に顔を上げた文維が余りにも近くて、どうしていいか分からなくなってしまう。  面長で、知的な顔。仕事用なのか、見たことも無いメガネをかけた見知らぬオトナの一面を見せる文維の顔が、触れそうなほど近くにある。 「!」  気が付くと、煜瑾は文維の唇に自分から口づけていた。  経験の少ない煜瑾は、触れることしか知らない。自分の唇を文維のそれに重ねてはみたものの、そこから先はどうしていいか分からず、しばらくそのままじっとしていた。 「?」  すると、煜瑾の顎に文維の指が掛かった。意味が分からない煜瑾はされるがままになっていたが、文維はごく自然な動きで角度を変えて、自主的に煜瑾にキスをしてきた。  一度強く押し付け、次に少し離れると煜瑾の顎を指で持ち上げ、唇を啄むように触れ、そして軽く噛んだり、吸い上げたり、舐めたりして来る。  激しく動揺しながらも、煜瑾は一方で冷静にそれを受け止めていた。 (これが、きっとオトナの…、恋人のキスなんだ…。そうなんだ…こんな風にして…)  初めて知った「やり方」を、しっかりと記憶しておこうとしていた煜瑾だったが、さらにここから、と思った瞬間に、文維が離れた。

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