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第25話

「申し訳ありません、煜瑾(いくきん)」  思わぬことに、文維(ぶんい)は難しい顔をして、煜瑾に謝ってきた。 「どうして謝るのですか?ちゃんと、成人した者同士が、同意の上で行なったことです」  そもそもは自分が仕掛けたことであり、自分が望んだことであるのに、この行為を受け入れてくれたと思った文維に謝罪されたことで、煜瑾は自分自身を拒絶されたような気がして傷付いた。 「文維が…、謝るような事ではありません…」  少し涙目になりながら、煜瑾は拗ねたように俯いた。  その姿が可憐で、文維は思わず肩を抱きそうになるが、自分の立場を思い、ぐっと堪える。 「でもね、煜瑾…。…君は、私にとっては患者でもある。患者とカウンセラーが、こんな風に近づき過ぎるのは良くないことなんですよ」 「私は、文維にとって、ただの患者の1人に過ぎないのですかっ!」  冷静な文維の言葉に、珍しく煜瑾が感情的になって声をあげ、力任せに文維を振り仰いだ。その勢いで、誰をも魅了する黒く深い瞳から涙が一筋流れ落ちる。  文維は、その涙の一滴があまりに美し過ぎて、そのまま真珠に変わってしまうのではないかと幻想を見てしまう。  何もかも、現実離れした煜瑾の美貌がいけないのだ 「そうじゃない」  文維は跪いたまま、煜瑾の両手を取り、自分の手で包み込んだ。そうして煜瑾を逃がさないようにしてから、説得をするようにジッとその眼を見詰めた。 「そうではないから、困っているんです」 「文維…」  文維の、ハーフフレームの理知的なメガネの奥にある、真摯な眼差しに煜瑾は囚われたような気がした。 (こんな誠実な目で見守ってくれる恋人がいたら、きっと幸せだろうな)  煜瑾は、そんな風に考えながら、哀しい気持ちで文維を見ていた。 「私は、医師として煜瑾を苦しみから救いたいと思っています。けれど、患者として見られない以上、診療は出来ない。救うことが出来ません」  そう言って、文維は握りしめた煜瑾の手に、そっと口づけをした。 「お願いです。私にこのままカウンセラーとして、君の苦しみを和らげる助けをさせて下さい」  そして、文維は煜瑾の手を放し、片手で自身のメガネを外し、もう一方の手を煜瑾の頬を掠めて首の後ろに回した。 「あ!ぶ、文維…」 そのまま文維は、その胸に煜瑾を引き寄せた。 「ごめん…」 そして、改めて両腕でしっかりと煜瑾を抱き締めた。 「ごめん、煜瑾…。今だけ…」 「!」  その温もりの中で、煜瑾は文維への気持ちが高まっていくのが止められない。こんな風に、温かく、優しい胸に抱かれて、文維に愛されたい。そんな気持ちが冷ややかな「深窓の王子様」の心から熱く湧き上がってくる。 「今だけ…なら、文維、もう一度…して、下さい」 「煜瑾、それは…」  自分から引き寄せておきながら、文維は困惑した様子で煜瑾から離れた。

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