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第26話
改めて煜瑾を凝視して、文維は言い聞かせるように口を開いた。
「私は、あくまでの医師と患者の関係で居たいのです。先ほどの事は忘れて下さい」
冗談にでもしてしまおうというのか、文維は明るい笑顔を添えてそう言った。それを深刻な表情で見返し、煜瑾は囁いた。
「イヤです…忘れたくありません。私は、忘れたくはないのです」
「…煜瑾…。君の気持ちは光栄です。けれど、私は今、君のカウンセラーを降りたくありません」
煜瑾を宥めるために、文維は立ち上がり、煜瑾の隣に座った。そしてソッと肩を抱き、まるで幼い子供にするように、煜瑾の頭を何度も撫でた。
「もう、ここで会えなくなるのですよ」
「それはイヤです」
煜瑾は文維の両腕を掴んで、イヤイヤと首を振った。本当に子供っぽい態度だが、純真な煜瑾がすると何の不自然さも感じられない。ただのオトナの駄々っ子ではなく、煜瑾には我儘をいう権利があるようにさえ思えるのだ。
「アレもイヤ、コレもイヤでは…まるで子供ですよ、煜瑾」
「文維は、意地悪です…」
冷静な文維が不満らしく、ギュッと目を瞑り、煜瑾は勇気を振り絞り、文維の服を握って、その身を寄せた。これが未熟な煜瑾にとっては、精一杯の文維への「誘惑」だった。
「分かりました。じゃあ、最後に一度だけですよ」
そんな拙い誘惑にでさえ抗えなくなったのか、文維は煜瑾の白く柔らかな頬に触れ、優しく引き寄せると、先ほどのようにソッと口づけた。
(もっと…)
ねだるように、煜瑾が文維の背中に両手を回した。応えるように文維も煜瑾をしっかりと抱き寄せ、望むような熱く深いキスを続ける。
瞼まで紅潮させ、瞳を潤ませ、自分に何もかも委ねる煜瑾が、無垢で愛らしく、一方で目覚め始めた妖艶さも感じさせる。そんな姿に、文維は、自分の気持ちをコントロールすることが難しくなっていた。
「お願い…。兄には、絶対に言わないで…」
快感に怯えてなのか、煜瑾が震えていることに気付いた文維が、ようやく口づけを解くと、何を思ったのか、煜瑾が開口一番にそう言った。
文維は、煜瑾のキラキラと濡れた瞳をじっと見つめて頷いた。
「約束します。だから、君も言わないで下さいね。私たち、2人のために…」
文維がそう言うと、煜瑾はもう一度文維の胸に縋り、聞こえないような小さな声で呟いた。
「…文維が…好き…です」
2人はそれ以上何も言わず、カウンセリングの予約時間が終了するまで、そのまま抱き合っていた。
初回のカウンセリングの時間内に、すでに2人だけの秘密を共有したことで、文維と煜瑾の関係性は深まった。
この日、本当ならば、もう一組の相談者を待つ時間だが、煜瑾の予約が入った時点で、その後の、午後からの予約まで文維はキャンセルしていた。
それだけ煜瑾との時間が「大切」なのかと、有能な医療秘書の張女史でさえ、何も言わなかった。
そんな彼女に、午後からは有給休暇を与え、文維と煜瑾は2人で昼食に出掛けた。
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