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第27話
クリニックを出て、文維 と煜瑾 は2人きりでエレベータに乗った。
秘密を共有する2人は、視線を合わせ、意味ありげな笑みを交わす。その甘く、親密な空気が、また2人の距離を縮めるような気がする。
1階のロビーに着くと、高級オフィスビルだけに、スーツ姿のホワイトカラーたちがエレベータを待っていた。彼らと入れ違いにロビーに出て、外の天気を確かめながら、文維は煜瑾を振り返った。
「午後からオフィスに戻るなら、ランチはこの辺でもいいですか?それとも、君のオフィスに近い『新天地 』まで行きますか?」
柔和に微笑む文維に、煜瑾は心の中では、(あなたと一緒ならどこへでも…)と思っていたのだが、口には出さず、静かに文維を見詰めていた。
「困りますね。私と一緒ならどこでもいい、っていうような顔をして…」
「えっ?」
優秀な精神科医に心の中を見透かされ、煜瑾はドキリとして足を止めた。
そんな素直な煜瑾をからかうように、文維は笑いかけ、スッと手を差し伸べた。
「少し涼しいかと思いましたが、陽が射してきました。オープンテラスで、タイ料理はいかがですか?」
「はい」
嬉しそうに文維の手を取り、煜瑾は歩き出した。
2人は肩を並べて、ビルを出た。通りの向こうには緑の豊かな公園が見える。
「公園の中に、オープンテラスの席のある、美味しいタイ料理店があるのを知っていますか?」
「いいえ。兄は、タイや四川 のような辛い食べ物を好まないので…」
当然のように煜瑾は言うが、それが自分の好みの話ではないことを自覚していない。
「君は?」
聞き返されて、煜瑾は初めて気が付いた。
文維が聞きたいのは、兄である唐煜瓔の好みではなく、煜瑾自身のことなのだ。
「あ、あの…あまり食べ慣れていないので…」
「あまり辛くないメニューもありますよ。それに、少し辛いものに挑戦してみるのも悪くないかもしれません」
その「挑戦」という言葉には、兄からの自立への一歩の意味も含まれていた。
「文維が、お料理を選んでくれるなら、なんでもいただきます」
健気な言葉に、文維は笑って、煜瑾を励ますように肩を叩き、公園の中の人気のタイ・レストランに向かった。
「あれ?」
静安寺 地区のホテルのカフェで、新作の打ち合わせを終えた羽小敏 は、ランチまでの時間を静安公園で散歩でもしようと思っていた。
目的もなく、フラフラと歩いていたのだが、向こうから歩いて来る2人に気が付いた。
「お~い!文維~、煜瑾!」
小敏が声を上げて、大きく手を振ると、相手も気付いたのか、すらりと背の高い方が軽く右手を挙げた。その左側にいた唐煜瑾は、驚いたのかそのまま立ち止ってしまうが、すぐに包文維に促されて小敏の方へと歩き出した。
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