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第30話

 和やかな雰囲気になり、高校時代のように楽しく話し始めた頃、注文した料理が出てきた。 「ボク、これ好きなんだ~。煜瑾(いくきん)も食べてみてよ」  辛い食べ物も大好きな小敏(しょうびん)が、この店の人気のトムヤムクンを煜瑾に勧めた。 「無理してはいけませんよ、煜瑾」  辛い物が苦手な煜瑾が、小敏に乗せられて無理をしないように文維(ぶんい)が制した。  煜瑾はどうしたものかとオドオドしながらも、スープの辛い匂いの中にエビの香ばしさを感じて、食欲を刺激されていた。 「さ、これは辛くないですからね」  文維が皿に取り分けて煜瑾に渡したのは、南方のフルーツがたくさん入ったトロピカルなサラダだった。 「なんだよ。女の子みたいに」  自分が注文した料理を拒まれて、ちょっと気に入らない小敏は、文維が煜瑾のために取り分けた皿から顔を背けた。 「煜瑾は辛い食べ物に慣れていないのですよ。生春巻きとこのフライドチキンも辛くないですからね」  甲斐甲斐(かいがい)しく煜瑾の世話を焼く文維に、小敏は既視感(きしかん)を抱く。  従兄弟(いとこ)同士で、兄代わりだった文維は面倒見がよく、小敏のためにこんな風に料理を取り分けてくれたり、洋服を選んでくれたりと、細やかに気付かってくれた。  それがいつか、家族愛でも、友情でも無い物に変わった。  いつでも優しく包容力がある文維に愛されていた頃の事を思い出し、小敏は少し切なくなった。かつての自分がそうであったように、今は親友の煜瑾が従兄に大切にされているのを目の当たりにして、もうそこへは戻れないと知っている小敏だった。 「ねえ、ボクにも生春巻き取って~」  寂しさを見せまいとして、わざと従兄に甘えてみる小敏に、文維は笑いながら取り分けて、チキンやサラダも手渡した。 「多すぎないか…」  文維が呆れるほど、チキンにスイートチリソースをかけると小敏は澄ました顔をして、パクパクと食べ始めた。 「そんなことない。美味しいよ。ね、煜瑾」  訊かれて戸惑いながらも、煜瑾は、小敏の真似をして、恐る恐るスイートチリソースをたっぷり付けた素揚げのチキンを口に運んだ。 「あ!美味しい」  育ちが良く、口も肥えているであろう煜瑾が、そう言って幸せそうに微笑んだ。 「でしょう?」  他愛もない会話が楽しくて、懐かしい高校時代の思い出話も盛り上がった。笑顔が溢れ、食事も美味しく、楽しいランチの時間はあっという間に過ぎて言った。 「そろそろ煜瑾をオフィスへ送って行きます」  そう言って支払いを済ませた文維が立ち上がった。 「いいのです!私は1人で戻れますから」  慌てて煜瑾は言うが、文維は笑って聞き入れない。 「車を回してきますから、ここで小敏と待っていてください。小敏も良ければ送って行くよ」 「うん。お願いするよ」  小敏の自宅は、ここから少し遠く、地下鉄も直結していないのでタクシーで帰るつもりだった。それを文維の愛車である、日本製のエコカーで送ってもらえるのなら大いに助かった。

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