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第31話

 文維(ぶんい)の白いレクサスは、観光地である新天地の南側にある、まだ新しいオフィスビルの少し手前で止まった。 「では、煜瑾(いくきん)。来週も今日と同じ時間に、クリニックで」  文維がカウンセリングの予約の確認をすると、煜瑾は、ちょっとはにかんだ笑顔を浮かべて頷いた。そして車を降りると、兄が待つオフィスへと急ぐ。  その後ろ姿を見送っている文維の横顔を見詰め、小敏(しょうびん)はフッと息を吐いた。 「で?」  車内に残った羽小敏は、従兄に説明を求める。 「何が?」  笑いながら文維が聞き返すと、小敏は憮然としている。 「ボクにバレないとでも?」 「だから、何が?」  従弟(いとこ)をいなしながら、文維は静かに愛車をスタートさせる。新天地から淮海路(ワイハイ・ロード)を西へ向かう。 「煜瑾と付き合ってる」  断言する小敏に、文維は呆れたように笑った。 「無い、無い。あくまでも、先輩と後輩。医師と患者だよ」  それ以上、コドモを相手にしないと言ったオトナの態度の文維だが、小敏は食い下がる。 「見れば、バレバレだよ?煜瑾のあの(とろ)けそうな顔とか、文維のデレデレした顔とか」 「デレデレとはなんですか」 「だって…。デレデレしてたし…」  不貞腐(ふてくさ)れたように言った小敏に、文維はクスクス笑った。 「()けるかい?」  そう言ってからかう文維に、小敏は黙り込んだ。 「戻りたい?」  そんなことを訊いて来る文維が、小敏には切ない。  互いに、もうあの頃の情熱は持ちえないけれど、それでも、初恋の相手なのだ。あれほど純粋に誰かを好きになったことを、今は懐かしく、そして、自分のことであるのに、どこか羨ましく思う。 「でも、煜瑾は、文維のこと…」 「さっきも注意したばかりですよ、小敏」 「余計な事に口を出すなってこと?でも…、煜瑾はボクの親友でもある…」  車は、ビルが肩を寄せ合うような窮屈な市内中心部から、開発が進む郊外の長寧区の長風(チャンフォン)地区を目指す。 「せっかく来たんだから、高島屋に寄って行こうかな」  急に文維が話を逸らした。 「ボクも行く」  窓の外を見詰めたまま、小敏も同調した。  長寧区古北新区にある高島屋とは、お馴染み三越、伊勢丹に続いて、上海に出店した日本の老舗デパートだ。この後に、南京路の大丸百貨店が続く。  やはり日本のブランドが多く、今でも日本製品の優秀さを尊ぶ世代や、アニメやゲームなど日本のサブカルファンなどには興味を誘うが、一番ありがたがっているのは、周辺に住む日本人駐在員やその家族だろう。  この辺りは新興地区で、新しく清潔なアパートも多く、企業が借り上げ社宅としての利用も多い。また治安も良いので、家族と共に赴任しても住みやすい地域なのだ。  そんな日本人駐在員やその家族が望むような衣料品や文具を売っているのはもちろんだが、知育教育の教室や音楽教室など、日本でも人気の習い事系のテナントが入っていることも、日本人には喜ばれている。他にも美容室やクリニックなど商店以外の日本人向きのテナントが入っていることもよく知られている。  中国の新進ブランドのグッズなども充実しており、日常遣いというよりも、日本へのちょっと洒落たお土産探しにも便利だ。  文維はハンドルを切って、駐車場へ向かった。

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