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第32話
ふと文維 が、可愛い従弟 を甘やかせるように言った。
「先月の中秋節には会えなかったから、代わりに何かプレゼントしようか?」
もう、そんなことでご機嫌が取れるはずの無い年齢なのだが、長年の習慣で、つい口にしてしまう。
本当の家族では無いとは言え、兄弟同様にして育った包文維 と羽小敏 にとって、家族円満を祝う中秋節は、例年大切な行事であったが、今年はどちらも忙しく、チャットで現状報告をしただけで会えずに終わってしまっていた。
例年は、2人揃って文維の実家へプレゼントを持って行き、文維の両親と共に食事をし、月餅を切り分け、プレゼントを贈り合うのだった。
文維の両親は、毎年忘れず小敏へのプレゼントも用意しているが、今年は小敏が行けないと連絡をすると、すぐに自宅まで送ってくれた。後日、小敏は顔を見せがてら、文維の両親へプレゼントを渡しに行ったが、ずっと文維には会えなかった。
「じゃあ、ケーキと、バッグと、靴と…」
当然のように淡々と小敏が言い出すと、文維は吹き出した。
「何を言ってるんだよ」
「だって…」
高島屋百貨店の地下駐車場に車を停めると、文維は改めて小敏の顔を見た。
「いい年をして、拗ねるのは、やめなさい。心配しなくても、煜瑾が居ようと、私にとって羽小敏は特別な存在ですよ」
「ん…」
納得いかない顔で、羽小敏は車から降りた。
「でも、煜瑾のこと、好きでしょう?」
車から離れ、肩を並べて歩き出すと、小敏は話を蒸し返す。
「何かあったのか、小敏?」
いつまでも同じ話に固執する羽小敏に、文維もようやく何かが違うと気付いた。
「……」
何も言わずに小敏はエレベータを目指す。その後を追い、誰も居ないエレベータホールで、文維はもう一度小敏に声を掛ける。
「小敏、何か悩みがあるなら…」
「…ボクの文維を誰かに…、煜瑾に取られるのがイヤだって言ったらどうする?」
そう言って、誰も居ないのをいいことに、小敏は誘惑的に文維を見つめ、両腕を彼の肩に置き、ゆっくりと滑らせるように首の後ろへ回した。
「ねえ…、キスして欲しいって言ったら、どうする?」
応えることなく棒立ちの文維に、小敏が近付こうとした、その時だった。
「羽小敏!」
駐車場から、聞き覚えのある怒声が届いた。
「知っていたのか?」
小敏を首にぶら下げたまま、呆れたように文維が言った。その視線の先には、険しい表情をした、珍しくスーツ姿の申玄紀 がいた。
「まさか。本当に、偶然だよ」
小敏もうんざりした様子で、渋々と文維から離れた。
「何してたんですか!」
白けている小敏と文維とは裏腹に、怒りに顔を赤くして、かなりの剣幕で玄紀は2人の間に割り込んだ。
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