32 / 201

第32話

 ふと文維(ぶんい)が、可愛い従弟(いとこ)を甘やかせるように言った。 「先月の中秋節には会えなかったから、代わりに何かプレゼントしようか?」  もう、そんなことでご機嫌が取れるはずの無い年齢なのだが、長年の習慣で、つい口にしてしまう。  本当の家族では無いとは言え、兄弟同様にして育った包文維(ほう・ぶんい)羽小敏(う・しょうびん)にとって、家族円満を祝う中秋節は、例年大切な行事であったが、今年はどちらも忙しく、チャットで現状報告をしただけで会えずに終わってしまっていた。  例年は、2人揃って文維の実家へプレゼントを持って行き、文維の両親と共に食事をし、月餅を切り分け、プレゼントを贈り合うのだった。  文維の両親は、毎年忘れず小敏へのプレゼントも用意しているが、今年は小敏が行けないと連絡をすると、すぐに自宅まで送ってくれた。後日、小敏は顔を見せがてら、文維の両親へプレゼントを渡しに行ったが、ずっと文維には会えなかった。 「じゃあ、ケーキと、バッグと、靴と…」  当然のように淡々と小敏が言い出すと、文維は吹き出した。 「何を言ってるんだよ」 「だって…」  高島屋百貨店の地下駐車場に車を停めると、文維は改めて小敏の顔を見た。 「いい年をして、拗ねるのは、やめなさい。心配しなくても、煜瑾が居ようと、私にとって羽小敏は特別な存在ですよ」 「ん…」  納得いかない顔で、羽小敏は車から降りた。 「でも、煜瑾のこと、好きでしょう?」  車から離れ、肩を並べて歩き出すと、小敏は話を蒸し返す。 「何かあったのか、小敏?」  いつまでも同じ話に固執する羽小敏に、文維もようやく何かが違うと気付いた。 「……」  何も言わずに小敏はエレベータを目指す。その後を追い、誰も居ないエレベータホールで、文維はもう一度小敏に声を掛ける。 「小敏、何か悩みがあるなら…」 「…ボクの文維を誰かに…、煜瑾に取られるのがイヤだって言ったらどうする?」  そう言って、誰も居ないのをいいことに、小敏は誘惑的に文維を見つめ、両腕を彼の肩に置き、ゆっくりと滑らせるように首の後ろへ回した。 「ねえ…、キスして欲しいって言ったら、どうする?」  応えることなく棒立ちの文維に、小敏が近付こうとした、その時だった。 「羽小敏!」  駐車場から、聞き覚えのある怒声が届いた。 「知っていたのか?」  小敏を首にぶら下げたまま、呆れたように文維が言った。その視線の先には、険しい表情をした、珍しくスーツ姿の申玄紀(しん・げんき)がいた。 「まさか。本当に、偶然だよ」  小敏もうんざりした様子で、渋々と文維から離れた。 「何してたんですか!」  白けている小敏と文維とは裏腹に、怒りに顔を赤くして、かなりの剣幕で玄紀は2人の間に割り込んだ。

ともだちにシェアしよう!