33 / 201
第33話
「君こそ、なんでこんな所にいるのさ」
興味無さそうに訊いて来る羽小敏 に、申玄紀 は怒りよりも寂しさが勝ってしまい、シュンと大人しくなる。
「私は…、父の会社のイベントに呼ばれて…」
「あ、エレベータ、来た」
その時、関わるまいとするかのように、包文維 はそそくさと1人でエレベータに乗って去ろうとした。
「ボクも乗ろう、っと」
申玄紀を取り残すように、小敏までが文維の待つエレベータに乗り込む。
「ちょっと!」
慌てて玄紀も同じエレベータに乗ろうとするが、ドアが閉まりかけ、急いで文維が開くボタンを押した。こんな時でも、小敏は玄紀のためにはドアを開けてくれないのだ。
ムッとしている玄紀を余所に、小敏は嬉々として文維に話し掛けている。
「ね、本当に何でも買ってくれる?」
「何でも、なんて言っていませんよ」
「でも、プレゼントしてくれるんでしょう?」
エレベータの中という密室で、文維と小敏の仲睦まじい姿を見せつけられ、玄紀の苛立ちは最高潮になり、ついには声を上げた。
「どういうつもりなんですか、包文維!」
「え?私なのかい?」
ここはむしろ、直接、羽小敏に言いたいことを言うべきだろうと、文維は驚いた。
だが、小敏に言いたいことが言える立場であれば、こんな風に長年モヤモヤとした気持ちで生きて来なかったと玄紀は恨みがましく思う。
「小敏の事を棄てておいて、今さらプレゼントで気を引こうなんて、姑息じゃないですか!」
「いやいや、無理にねだられているのは、私の方ですけど?」
苦笑いを浮かべながら、玄紀からの追求を逸らそうとする文維だったが、玄紀は怒気を込めた目で、文維だけを睨みつけている。
「じゃあ、ボクたちはこれで…」
いつの間にフロアのボタンを押していたのか、小敏は文維の腕を取り、5階で降りようとした。
「ま、待って下さいよ!」
慌てて玄紀は、文維の空いた方の腕を引っ張って、エレベータ内に戻した。
「ち、ちょっと…。私は無関係です」
困惑する文維を余所に、仕方なく小敏もエレベータに戻る。それを見て安心したのか、玄紀は催事場のある最上階のボタンを押した。
静かにドアは閉まり、上階へ動き始める。
「で、何をしに来たって?」
小敏も何かを諦めたのか、ようやく玄紀の顔を見て、いつものように優しい笑みを浮かべた。
「父の会社のイベントをやっているので…」
申玄紀の父もまた名家の出身で、有名な食品ブランドのオーナーだ。
もちろん、人気のサッカー選手である玄紀はこのブランドのCMキャラクターとなっており、本来イベントには欠かせない。
だが、真面目で実直なところがある、この御曹司は、愛想良く立っているだけでちやほやされる、このようなイベントへの参加はあまり好きではないのだ。
しかし今回、新製品のお披露目ということもあり、客足も思ったほどではないらしく、どうせ上海にいるのなら、と急遽呼び出されたのだった。
「まあ、あのパパには逆らえないよね」
小敏がそう言うと、文維と一緒になって苦笑した。
ともだちにシェアしよう!