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第36話

「これで、もう私の今日の仕事は終わりですよね」  疲労感たっぷりに、それでも父に無礼にならないように玄紀(げんき)は確認した。 「ああ、イベントの仕事は終わりだが、このあと、関係者との食事会があるから出なさい」  口調は柔らかいが、それは父の希望や願望ではなく、社長からの「命令」だった。 「……。この後は、小敏(しょうびん)と夕食に行きます」 「いえ、そんな約束はしていないので、気になさらないで下さい」 「!小敏」  あっさりと玄紀を裏切って、小敏は申社長に微笑みかけた。 「あ、それより、また今度、唐煜瑾(とう・いくきん)も誘って4人で食事に行きませんか?」  名門の富豪の御曹司同士、唐煜瑾と申玄紀は高校で一緒になる前からの知り合いで、幼馴染だ。玄紀と小敏を取り成すように、彼の名も出すと、玄紀はようやく文維の方を見た。 「煜瑾も?」 「そうですよ」  子供の機嫌を取るように、文維は穏便に言ったが、またも小敏が邪魔をする。 「そうだよ。さっきまでボクたち3人で一緒にランチ食べたんだよ」 「なんで!なんで私だけを仲間外れにするんですか!」  またも玄紀は怒りだし、なぜか文維に食い掛る。 「やめて下さい、玄紀…。小敏、なんでそう意地悪をするのですか!」  玄紀の父は、そんな「子供たち」のじゃれ合いを微笑ましく見守っていたが、秘書が耳元で何事かを囁き、表情が変わった。 「玄紀。今夜の食事会にはお前のお母さまも来られる。必ず出席しなさい」  玄紀の母は、政府高官のご令嬢で、新社長の会社がここまで大きくなったのも、玄紀が好きなだけ海外渡航が出来るのも、この母のバックボーンがあるからだとも言える。最近は、上海での暮らしに飽きた母は、実家のある北京で暮らし、申社長とは別居生活だった。 「お母さまが…」  そう言われては、さすがの玄紀も頭が上がらない。  慣れない愛想笑いに疲れた上に、小敏からも相手にされず、すっかり気が抜けた玄紀は諦めて食事会へ行くことに同意した。 「じゃあ、また今度!ピザ、ごちそうさまでした」  しっかりと素直でイイ子をアピールするように、玄紀の父親にお礼を言って、羽小敏は立ち上がった。 「ありがとうございました」  文維も丁寧に挨拶をし、秘書に求められて名刺を渡した。セレブの間で人気が高まる包文維のクリニックの噂に、申社長も経営者として興味があるのだろう。  それから、それぞれ全く異なる職業に就いている4人は、なかなか都合がつかず、約束していた夕食も行けずにいた。  そんな中でも、包文維のクリニックへは毎週きちんと通う唐煜瑾だった。

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