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第39話
「ええ。毎回ではありませんが、患者が私に支えを求めることは、珍しい事ではありません」
その平然とした答えに、ちょっと煜瑾 はガッカリしたようだった。下を向いて、唇をそっと噛んでしまう。その見慣れた仕草に、文維 の口元が緩む。
(また、そんなカワイイ仕草で…。まったく無自覚の小悪魔には惑わされる…)
「それを、文維はどう思っているのですか?」
意外な問いに、文維は一瞬動きを止めるが、その時、張春梅 が診察室のドアをノックした。
「失礼」
届いたカフェ・オ・レを受け取って、何とかタイミングをずらすことに成功した文維は、改めて煜瑾の前に座った。
「困りますね。ここで質問するのは、私の仕事だと思っていましたが」
笑いながら冗談めかしてそう言って、文維は煜瑾に紙のカップに入ったカフェ・オ・レを手渡した。
「ゴメンなさい…そんなつもりでは…」
「いいのです、煜瑾なら」
煜瑾に安心感を与え、文維はクロワッサンを摘まんだ。
「患者との接触は、コミュニケーションの一環ですし、信頼を築く手段でもありますから、不快ということはありませんね。…あ、本当に美味しいですね、このクロワッサン」
ひと口食べて、文維が嬉しそうにしたのを、煜瑾も嬉しそうに見つめる。
「ただの仕事…ということですか?」
「そうですね。それも仕事の内だとは思っています」
そこまで言うと、文維は自分がひと口かじったクロワッサンを煜瑾の口元へ運んだ。
「?」
「けれど、私からは、患者に触れたりしませんよ」
少し潜 めた文維の声は、甘く掠 れて、とても艶めかしい。その声に惑わされるように、煜瑾はバサバサと音がしそうなほどの睫毛を上下させて、目の前のクロワッサンと文維の意味ありげな眼差しとクルクルと見比べた。
「ん?」
煜瑾に催促するように、文維は少し首を傾げた。
可愛く甘えるというよりも、大人の色気で迫られた煜瑾は、くすぐったい気持ちになり、思い切ってクロワッサンに噛付いた。
その勢いの良さが可憐に見えて、文維はニンマリした。
クロワッサンをモグモグしながら、恥ずかしそうに俯いた煜瑾は、そっと下から文維を優しく睨んだ。
「美味しいでしょう?」
文維は、妙に誘惑的な上目遣いを受け止め、笑いながら得意げに言った。
「…私が、買ってきたのですけど…」
「そうでしたね」
けれど、文維と分け合ったクロワッサンが、いつもより美味しいと煜瑾は自覚していた。
「信じて下さいね。本当に、煜瑾は、私にとって特別な患者ですよ」
そう言って、文維は煜瑾のソッと、頬に触れ、そのまま親指でふんわり、煜瑾の唇を擦った。
「あ…っふ…っ」
カラダの熱があがり、思わず声を上げてしまう煜瑾だった。
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