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第40話

 初めてのカウンセリング以来、お茶を飲みながらお菓子や軽食を食べたり、それぞれの感想を述べたり、高校時代の思い出を語ったり、最近読んだ本や観た映画の話をしたり、とても「治療」と思われるようなことは、この部屋では行なわれなかった。  しかし、唐煜瑾(とう・いくきん)にだけ、毎回のカウンセリングの最後に行なわれる「お約束」があった。 「文維(ぶんい)…」 「まだ、ダメですよ」  我慢出来ずに、煜瑾が文維の胸を掴んで「お約束」をねだってしまう。  期待していた通りの煜瑾の反応に、文維は口元に薄い笑いを浮かべた。ほんの少し、悪いオトコの顔になっている。  物足りなさそうな煜瑾の愛くるしさに、文維は胸が締め付けられる思いがする。正直、こんな気持ちを、文維は自分の中で持て余していた。  幼い頃から神童と呼ばれ、聡明であるがゆえに、文維は常に泰然としていて、沈着冷静に見られていた。実際、文維は早くに精神的に成熟したせいで、同世代の男子たちに比べて物事を客観的に捉えるクセがついていた。本能的な感情でさえ、いつでも冷ややかなもう一人の自分の視線を感じるのだ。  それでも、生まれて初めて、従弟の羽小敏を愛しいと感じ、性的な対象として見るようになった。好きだと告白したのは自分の方からだった。だが、文維には確かな勝算があったのだ。  小敏もまた、文維に興味を持ち、求めている、と。  そして、ようやく思いを遂げた時でさえ、これが、恋愛の衝動なのか、と、文維は淡々と感じた。  それなのに…。  なぜ、唐煜瑾は、これまで恋をした相手よりも、誰よりも、こんなに文維の胸を乱すのだろう。  彼が患者であることの使命感が、特別だと思わせるのか、それとも、高校時代からずっと同じ眼差しを注ぐ煜瑾の一途さに惹かれているのか…。 「文維?」 「ん?なんです?」  黙り込んだカウンセラーに不安を感じて、煜瑾が文維の顔を覗き込んだ。 「来月は、文維のお誕生日ですよね」  嬉しそうに煜瑾が言って、文維の左手を自分の両手で包んだ。 「ああ、そうですね」  文維の誕生日は、12月24日。  クリスマス・イブの日で、上海に居る時はもちろん、アメリカ留学中も、クリスマスパーティーに紛れてしまい、自分自身、誕生日と言われても特に祝われるわけでも無いためピンと来ないのだ。 「プレゼントは、何がいいですか?」  無垢な瞳で問いかける煜瑾に、文維はちょっと意地悪く笑った。 (君自身…と、言ったらどうするんでしょうね?)  もちろん、そんなことを口に出すわけでは無かったが、文維は笑って首を振った。 「え?文維…?」 「気を遣わないで下さい。何もいりません」 「でも…」  煜瑾に買えないものは無いと分かっている。けれど、そんな即物的な何かを文維は欲してはいない。 「こうして、煜瑾と会えるだけで嬉しいです」

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