42 / 201
第42話
翌週の水曜日まで、唐煜瑾 は落ち着かなかった。
「煜瑾は、私が出張で留守にするのが楽しみなようだね」
自宅での夕食に遅れてきた弟へ、皮肉たっぷりに、兄である唐煜瓔 は言った。
「お兄様、遅れて申し訳ありません…。アパートに、寄って来たので…」
「そんなに気に入ったのかな?」
兄は、煜瑾の答えに、スッと目を細めた。
ひと月前に、包文維 のクリニックに通うようになってすぐに、唐煜瓔は、弟のためにクリニックに近い、ハイブランドが多い高級モール、ケリーセンターの上階にある、高価な賃貸レジデンスを1室用意させた。
1カ月の賃料が6万元(約100万円)とも言われる部屋を、万が一煜瑾が気分でも悪くなった時に使うようにとの、過保護な兄らしい配慮だった。
けれど、この高級アパートを、煜瑾は思いのほかに気に入ったようで、時々寄っては自分の好みで選んだ家具を並べたり、絵画や観葉植物や食器などを買いそろえたり、と、生れて初めて自分の意思だけで、何もかもを決められる面白さに夢中になっていた。
兄の煜瓔にしてみれば、月6万元の「ドールハウス」か「ままごとセット」を買い与えた程度にしか考えていなかったが、最愛の弟が珍しく楽しそうにしているのを見て、充分に満足していた。
「今日は、何をしてきたのだい?」
「キッチンを…。茅 さんが注文してくれた家電が、今日届いたので、配置を決めたり、使い方を教えてもらったり…」
嬉しそうに、初めての体験にその眼を輝かせる弟を、煜瓔もまた幸せそうに見つめている。
「先日は寝室を調 えたのでは?たまには、アチラに泊まってきても良いですよ」
本心からではないが、煜瓔は鷹揚にそう言って、普段は大人しい弟をさらに喜ばせた。
「よろしいのですか?」
「ああ。お前が1人で寂しく無ければね…」
「…お兄様…」
そう言われると、急に不安になる煜瑾に、煜瓔はまた庇護欲が高まる。大人しく、心細い弟は、いつまでも自分が守ってやらなくてはと思うのだ。
「アチラに泊まりたい時は、茅執事を伴ってもいいし、友達を誘ってもいい」
「友達?」
その瞬間に、パッと煜瑾の顔が明るくなり、すぐにポッと頬を染めた。その様子に、兄の神経が少し尖る。
「私が知らない友達は、いけないよ」
食事を続けながら、煜瓔は釘を刺した。
「お兄様、実は…。来週、お兄様がお留守の時に、玄紀と、小敏と、…文維とで食事をするのです。その時…、3人を私のアパートの部屋に誘ってもいいですか?」
「包文維…ですか」
その名に煜瓔は、食事の手を止めた。
そんな兄の反応に、煜瑾はドキリとする。拒まれた時が怖くて、兄から視線を外し、俯いてしまう。そんな内気な煜瑾の様子に、兄はまた、いたたまらない気持ちになって幼い頃のように胸に抱きとってやりたくなるのだった。
ともだちにシェアしよう!