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第46話

 愛車のレクサスに乗り込んで、ふと思いついて、文維(ぶんい)はスマホを取り出し、羽小敏(う・しょうびん)に掛けてみた。 「今、終わったのだけど、小敏は、今どこにいますか?」 「あ、今は…、ふふふ…」  電話の向こうで笑う小敏に、文維は腑に落ちない何かを感じた。 「小敏?お前、今、1人なのですか?」  かつて、無邪気に求め合い、分かち合った、互いに初恋の恋人は、今ではすっかり変わってしまっていた。そのことを、文維もよく知っている。だが、それを選んだのは小敏自身なのだ。自分は責める立場に無いと文維は思っていた。 「じゃあ、30分後に南京東路の大丸百貨店で待ってるね~」 「おい、小敏!」  言いたいことだけを言って、小敏はいきなり電話を切ってしまった。  やはり、文維に知られたくない「不都合な」ことがあるのだろう。そんな風に心を荒らしてしまった従弟(いとこ)に、文維は多少の後ろめたさを感じるが、原因は自分では無いと知っている。小敏が4年もの日本留学から帰った時に、すでにクリニックを開業していた文維の元へ一番に相談に来たのだ。  小敏は小敏なりに、苦しみから逃れようともがいているのは分かる。そんな手段しかないのかと注意することは容易い。しかし、その代替手段を与えられない以上、今の文維にはどうしようもなかった。そもそも関係が近すぎて、お互いカウンセリングにならないのだ。  愛してもいない男の腕の中で、自分からの電話を受けた小敏が切なく、文維の眉間は寄せられた。 「なんだよ~、怖い顔して」  30分後、文維は南京東路を過ぎて、九江路の地下鉄直結のモールに車を停めたことを小敏に電話した。  大丸百貨店で何かを買って来たらしい小敏はいくつかのショップの紙袋を下げ、モール内の約束のブランド店の前に文維を見つけると、さっそくその険しい表情に気付いた。 「もう~、文維ってば、妬いてくれているのかな?」  ふざける小敏に、文維は渋い顔のままだ。 「さあ、ちょっと早いけど店に行こうよ」  小敏は屈託なく文維の腕を引いて、このモールの上階にある日本式の居酒屋を目指した。  日本式の居酒屋は、上海の西方にあたる虹橋空港の周辺の方が多い。日本からの駐在員が多く集まる地域だからだ。日本式の料理屋、商店、理容店などもある。  そちらの方が、自宅にも近いのだが、時々気まずい再会があるために、文維と一緒の今夜は避けた小敏だった。  ショッピングモール内にある日本式の居酒屋で、包文維と羽小敏は向き合っていた。 「相変わらずなのか、小敏」 「何が?」  そらとぼけた小敏は、自分用にレモンチューハイを、文維のためにビールを注文して、種類が豊富な日本の居酒屋メニューを端から読み始めた。 「え~っと、エダマメとカラアゲと~」  日本留学中に、小敏は居酒屋とコンビニにハマった。どちらも上海にもあるが、より豊富な品数で、より珍しいメニューがある、日本のコンビニと居酒屋は面白くて仕方がなかった。  日本の大学の国文学部の学友たちも、男女関係なく酒豪が多く、毎日のように誰かと一緒に色々な居酒屋チェーンを回っては楽しんだものだった。

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