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第48話
「文維 …」
水曜のカウンセリングの後、いつも通りに煜瑾 は文維にキスをねだる。
高級なカウチに座ったまま、優しく抱き合い、甘く、柔らかな口づけをするだけだ。それだけでも、慣れない煜瑾はウットリとしてしまい、深淵で魅惑的な黒瞳は潤んで、輝く星のように見える。
「これは…」
ゆっくりと身を引く文維に、煜瑾は以前から気になっていたことを、思い切って口にしてみることにした。
「なんですか?」
いつも通りに文維は、穏やかで温かな眼差しで、煜瑾を見守っていてくれる。
「これは、治療の一環なのですか?」
確かに、文維に、この「ご褒美」を貰えるから、このカウンセリングを続けていると言えなくもない煜瑾だ。
文維の傍にいると、心が和んだ。不安が消えて、これでいいのだと自己肯定できる。そして、「ご褒美」を与えられることで、愛されているという気持ちになり、高揚する。
煜瑾の不安症候群は、文維のおかげで改善している。治療としては成功だと言えるだろう。
けれど、こんな風な治療を、自分以外にも行っているのだとしたら、そう考えるだけで煜瑾の純真な胸は痛んだ。
「前にも行ったはずです。患者に、私から触れることはありません。煜瑾は確かに私の患者です。…ですが、私から触れる時は、患者ではありません」
そう言って、文維はもう一度煜瑾をその胸に抱き寄せた。
「言わなくても、もう分かってくれているのだと思っていましたよ、煜瑾」
耳元で艶っぽく囁かれ、煜瑾はドキリとして身を竦める。
誰よりも信頼出来て、傍に居ると安心できる文維ではあるけれど、時々こんな風に意地悪になる。そのたびに、煜瑾の心臓はドキドキして、息も上がってしまう。
(私の心臓は、文維の前では弱くなってしまう…。何かの病気では…ないですよね…)
ちょっと心配になって文維を見ると、何を誤解したのか、煜瑾がねだったように文維がもう一度口づけてきた。
(どうしよう、どうしたら…。こ、こんなに心臓が早く動いて、なんだか苦しい…)
「…っ…あ…、ん」
唇が離れる瞬間、息苦しさから、煜瑾は思わず艶めかしい吐息を落としてしまう。
「悪い子ですね…、そんな声を上げるなんて」
「文維?何のことですか?」
愛し気な眼差しに守られているようで、煜瑾は温かく、満たされた気持ちになる。
文維のほうは、純粋で穢れを知らない煜瑾の瞳に、胸を痛める。
「好きです…、唐煜瑾」
言ってしまってから、文維はすぐに後悔をするが、顔には出さない。その動揺を知られまいと、再び煜瑾をその胸に抱いた。
「私も…、包文維のことが好きです。初めて会った時から、ずっと…」
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