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第50話

 高級レジデンスの唐煜瑾(とう・いくきん)の部屋は、確かに自慢するだけあって、落ち着いた趣味の良いインテリアで調(ととの)えられていた。  最初に案内された広いリビングで、文維(ぶんい)は煜瑾のご自慢のソファを勧められた。 「このソファも、長く迷ってようやくこれに決めたのです」  クリーム色のラム革の4人掛けのソファは、肌触りもよく柔らかで、大きくゆったりとしていて、煜瑾のような大人の男が横になっても十分なゆとりがある。  そこに並んだクッションもまた、見事な蘇繍がされたシルクのカバーに包まれていた。  ガラスの鏡面のローテーブルはコレクションテーブルになっており、ガラスの下にある、煜瑾のミニチュアコレクションは見事だ。  文維にはその価値はよく分からないが、希少なヨーロッパのアンティークの逸品ばかりで、その半分は亡くなった唐兄弟の母のコレクションだった。ドールハウスに飾るような小さなティーセットやブラシや化粧品などは母の物で、レコードまで再現した蓄音機や、羊皮紙に羽ペン、インクまで揃っているのは煜瑾がヨーロッパのオークションで手に入れたものだ。これらの精巧で小さなものは、繊細で優しい煜瑾の持ち物として相応しいと文維は思った。 「さあ、キッチンへ。後であちらの書斎と寝室もお見せしますね」  無邪気にそう言って、煜瑾は文維の手を取って、キッチンへ向かった。文維の手には、高級スーパーで購入した食品が一杯に詰まったエコバッグがある。 「食器も、私が何軒も回って、好きなものを選びました」  ヨーロッパの有名ブランドのトレイのセットに、日本製のティーセット、中華料理用の飯碗や杓子などの陶器のカトラリーは、かつての官窯だった景徳鎮の最高級品ばかりだ。  文維は、こんな高級な食器に冷凍食品を乗せて、レンジに入れても良いものかと躊躇したほどだ。  そんな些末な事は、唐家の深窓の王子には気にもならないようで、文維の助けを借りながら、2人は電子レンジで冷凍食品を温めたり、買って来た新鮮なカット野菜を洗っただけのサラダを用意したり、まるで子供のままごとのような調理をして楽しんだ。  食後は高級な食器を惜しげもなく食洗器に詰め込み、煜瑾は嬉々としていた。 「他の部屋も案内しますね」  そう言って、急に大胆になった煜瑾は、自ら文維の手を取り、広いアパート内を順に見て回った。  キッチンは平凡なシステムキッチンではあったが、それでも中国の一般家庭の物に比べれば十分に広い。  そこに続くダイニングは、ホームパーティーにも使いやすいように10人掛けのテーブルがあり、テーブルセンターには、アメリカなどでもよく見られる、日本の西陣織の帯をそのまま利用されていた。  リビングは広く、文維ですら見たことも無いほどの、大型のテレビが壁に掛けられている。  そこを通り過ぎ、煜瑾がドアを開けると、そこは書斎で、ガラスの扉がついた、ヨーロッパアンティーク調の書棚に、英文学の原書を中心に、文学少年だった煜瑾らしいタイトルが並んでいる。  デスクも重厚で大きく、窓の光を受けて明るく使いやすそうだ。  いかにも文系の煜瑾が好きそうな、こだわりのある筆記具などの文具も並んでいる。  兄の干渉を受けることなく、煜瑾が心から楽しんで作り上げた世界がここに在った。

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