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第55話

 静かに体を寄せ合い、ぬるくなってしまったミルクを飲み、ようやく安定した煜瑾(いくきん)に、文維(ぶんい)は時折、励ますようなキスを与え、2人は長い時間、幸せを噛み締めるようにして座っていた。 「落ち着きましたか、煜瑾」  柔らかな声が心地よく、うっとりと目を閉じたまま煜瑾は頷いた。 「では、今夜の食事は、小敏(しょうびん)たちにもここへ来てもらいましょうか?外へ食事に出るのも疲れるでしょう?」  文維の思いやりのある提案に、すぐに煜瑾も同意した。 「小敏たちに何かを持ち寄ってもらうのも悪くないし、あとはデリバリーもいいのではありませんか?」  そう言われて、煜瑾が改めて時計を見ると、もう午後5時を少し過ぎていた。 「文維にお任せします。4人で集まるのなんて、とても久しぶりですね」  ようやく煜瑾に笑顔が戻った。 「ええ、本当に楽しみです。では、私は小敏たちに連絡をするので、煜瑾はシャワーでも浴びて、サッパリしてきたらどうですか?」 「…はい」  疲労感の残る、煜瑾だったが、素直に文維の言うことを受け入れる。文維の言うことに間違いはないのだからと煜瑾は信じていた。 「煜瑾は大丈夫。私がいつでも傍に居ますからね。何も不安に思うことはありませんよ」  漠然としてではあったが、文維は煜瑾を励ますように声を掛けた。煜瑾も安心して主寝室のバスルームに消えた。  リビングに取り残された文維は、すぐに羽小敏と申玄紀に、今居る場所をメールで知らせた。煜瑾が招待してくれたので、今夜は外ではなく、ここで夕食会をしようという誘いだった。  小敏も玄紀(げんき)も異論はないらしく、約束していた7時よりも早く向かうと連絡があった。  それから文維は少し考え、煜瑾が好きそうな上海料理の有名店にデリバリーの注文をし、小敏が好きそうな四川料理や、玄紀が喜びそうな西洋料理も何軒か電話をしてデリバリーを頼んだ。  気が付くと、煜瑾もシャワーを終えたのか、寝室内のクローゼットの辺りから物音がして、文維もホッとした。  すると文維はもう一度キッチンに戻り、先ほど買って来た物や、冷蔵庫の中身などを確認する。そして改めて小敏に電話を掛けた。 「何、文維?」 「…今、電話をして問題はないのか?」  先日の事があるので、文維もなんとは無しに気を遣う。 「大丈夫。今日は1人で、ちゃんと仕事をしてたってば」  相変わらず明るくカラカラと笑う小敏だが、その抱えた重いものを、文維は知っている。 「じゃあ、こっちに来る前に、飲み物を買ってきてくれないかな。近くの久光(そごう)のデパ地下でもいいし、ケリーセンターのスーパーでもいいから」 「ボクたちを待っている間に、2人で買いに出ればいいじゃん。ナニ?外に出られないようなコトになってるの?」  文維に言わせれば、すっかり「悪い子」になった小敏は、平気で従兄をからかってくる。 「ダメだよ。煜瑾、きっと初めてだから、優しくしてあげないと」 「小敏、いい加減にしなさい」  文維が叱責すると、電話の向こうで小敏が肩を竦めるのが見えるような気がした。 「冗談だよ。どうせついでだからね。強めのお酒とか、煜瑾を酔い潰す作戦でいく?」 「小敏、お前って子は本当に…」  文維が呆れかえると、小敏は悪びれた様子も無くいつも通りに明るく笑った。 「分かってるって。煜瑾が好きそうなソフトドリンクも買って行くよ。ボクの好きな日本の梅酒(プラム・ワイン)も、ね」 「支払いは後で返すから、なんでも好きな物を買って来なさい」  子供の頃は、あんなに素直で無邪気だった小敏が、すっかり皮肉屋に育ってしまい、文維はガッカリしていた。

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