55 / 201
第55話
静かに体を寄せ合い、ぬるくなってしまったミルクを飲み、ようやく安定した煜瑾 に、文維 は時折、励ますようなキスを与え、2人は長い時間、幸せを噛み締めるようにして座っていた。
「落ち着きましたか、煜瑾」
柔らかな声が心地よく、うっとりと目を閉じたまま煜瑾は頷いた。
「では、今夜の食事は、小敏 たちにもここへ来てもらいましょうか?外へ食事に出るのも疲れるでしょう?」
文維の思いやりのある提案に、すぐに煜瑾も同意した。
「小敏たちに何かを持ち寄ってもらうのも悪くないし、あとはデリバリーもいいのではありませんか?」
そう言われて、煜瑾が改めて時計を見ると、もう午後5時を少し過ぎていた。
「文維にお任せします。4人で集まるのなんて、とても久しぶりですね」
ようやく煜瑾に笑顔が戻った。
「ええ、本当に楽しみです。では、私は小敏たちに連絡をするので、煜瑾はシャワーでも浴びて、サッパリしてきたらどうですか?」
「…はい」
疲労感の残る、煜瑾だったが、素直に文維の言うことを受け入れる。文維の言うことに間違いはないのだからと煜瑾は信じていた。
「煜瑾は大丈夫。私がいつでも傍に居ますからね。何も不安に思うことはありませんよ」
漠然としてではあったが、文維は煜瑾を励ますように声を掛けた。煜瑾も安心して主寝室のバスルームに消えた。
リビングに取り残された文維は、すぐに羽小敏と申玄紀に、今居る場所をメールで知らせた。煜瑾が招待してくれたので、今夜は外ではなく、ここで夕食会をしようという誘いだった。
小敏も玄紀 も異論はないらしく、約束していた7時よりも早く向かうと連絡があった。
それから文維は少し考え、煜瑾が好きそうな上海料理の有名店にデリバリーの注文をし、小敏が好きそうな四川料理や、玄紀が喜びそうな西洋料理も何軒か電話をしてデリバリーを頼んだ。
気が付くと、煜瑾もシャワーを終えたのか、寝室内のクローゼットの辺りから物音がして、文維もホッとした。
すると文維はもう一度キッチンに戻り、先ほど買って来た物や、冷蔵庫の中身などを確認する。そして改めて小敏に電話を掛けた。
「何、文維?」
「…今、電話をして問題はないのか?」
先日の事があるので、文維もなんとは無しに気を遣う。
「大丈夫。今日は1人で、ちゃんと仕事をしてたってば」
相変わらず明るくカラカラと笑う小敏だが、その抱えた重いものを、文維は知っている。
「じゃあ、こっちに来る前に、飲み物を買ってきてくれないかな。近くの久光 のデパ地下でもいいし、ケリーセンターのスーパーでもいいから」
「ボクたちを待っている間に、2人で買いに出ればいいじゃん。ナニ?外に出られないようなコトになってるの?」
文維に言わせれば、すっかり「悪い子」になった小敏は、平気で従兄をからかってくる。
「ダメだよ。煜瑾、きっと初めてだから、優しくしてあげないと」
「小敏、いい加減にしなさい」
文維が叱責すると、電話の向こうで小敏が肩を竦めるのが見えるような気がした。
「冗談だよ。どうせついでだからね。強めのお酒とか、煜瑾を酔い潰す作戦でいく?」
「小敏、お前って子は本当に…」
文維が呆れかえると、小敏は悪びれた様子も無くいつも通りに明るく笑った。
「分かってるって。煜瑾が好きそうなソフトドリンクも買って行くよ。ボクの好きな日本の梅酒 も、ね」
「支払いは後で返すから、なんでも好きな物を買って来なさい」
子供の頃は、あんなに素直で無邪気だった小敏が、すっかり皮肉屋に育ってしまい、文維はガッカリしていた。
ともだちにシェアしよう!