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第58話

文維(ぶんい)は…ズルいじゃないですか。小敏とは別れたとかいいながら、すぐにベタベタして…。煜瑾(いくきん)にだって、色目を使ってるのに…」 「そんなこと、していません!文維は、い、色目なんて…」  これまで大人しかった煜瑾が、文維が責められたことを黙っていられずに、いきなり玄紀に抗議する。 「文維は、誠実で、優しくて、そんな…、そんな色目など使う人ではありません!いくら申玄紀(しん・げんき)でも、言って良い事と悪いことがあります!」  こちらも子供の頃からの付き合いである煜瑾と玄紀だったが、大人になって以来、こんな風に煜瑾に叱られた覚えがない玄紀は、驚いて、キョトンとした顔で煜瑾を見詰めたまま動かない。 「ええ~っと…」  思いがけない展開になり、困った小敏は、取り繕うように笑った。 「アハハ…。玄紀は飲み過ぎのようだし、ボクたちも、今夜ここに泊ってもいいかな?」 「『ボクたちも』?私は泊まる予定ではありませんよ」  小敏に思い知らせるかのように、文維はきっぱりと言い切った。 「イヤです!」 「はい?」  小敏は、今度は慌てて煜瑾を見る。すると、さっきまで可憐な少女のように微笑んでいたはずの煜瑾が、玄紀を叱ったのがきっかけなのか、顔を赤くして、目は据わり、怖い顔をして文維を睨んでいる。 「ええ~っと~、だから~」 「文維は帰ってはイヤです!今夜は帰しません!」  その時、小敏はハッと気づいた。口当たりがよく美味しいと煜瑾が喜んで飲んでいた梅酒の瓶が、いつの間にか、ほぼ空になっている。 「ダメですぅ~。文維は帰ってはいけません~」 「煜瑾、少し飲み過ぎたのですね」  煜瑾に掛ける、温和で労わるような口調とは別人のような形相で、文維は小敏を睨んでいた。 (ヤバい…本気で怒ってる…)  さすがの小敏も、ここまで従兄を本気で怒らせるとマズイ事は重々に理解していた。  煜瑾のアパートでのことだからと油断したのか、いつの間にか煜瑾も玄紀もすっかり酔っぱらっていた。  それをなんとか宥めながら、小敏と文維は、1人ずつ引きずるようにしてリビングに運び、大きなソファに座らせた。 「文維は~、帰ってはダメぇ~。私の寝室で一緒に寝るのですぅ~」 「小敏も、私と泊まりますぅ~。私のベッドで寝るといいですぅ~」  キャッキャと楽しそうに2人は好きなことを叫んでいる。 「何だよ、コレ…」  呆れてソファの横に立ち尽くす小敏を、文維は肘で小突いて、後片付けを手伝うように促した。 「ねえ、文維は、こうなることを見越してお酒を飲まなかったの?」 「まさか。さっきも言いましたが、私は車で帰るつもりだったので気を付けていただけですよ」 「車なんて…いつも代行ドライバー頼むのに…」  小敏は、ふと、文維が煜瑾と2人きりにならないよう用心しているのではないかと思った。今はまだ、医者と患者の関係だ。何かあって、煜瑾の兄の唐煜瓔に知られるのを怖れているのかもしれない。  そんなことを考えながら、小敏は表情の読めない従兄の横顔をチラリと見た。

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