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第61話

 翌朝、唐煜瑾(とう・いくきん)が目覚めると、そこは自分のベッドで、慌てて周囲を見回すが誰も居ない。 (文維(ぶんい)は?……小敏(しょうびん)は?玄紀(げんき)は?)  育ちの良い煜瑾は、昨夜の自分の記憶がないというほど飲酒の経験も無く、思わず文維と再会した夜の、あのパーティーでの悪夢が蘇る。  急に不安になり、煜瑾はシルクに包まれたキングサイズのベッドから飛び出した。  寝室のドアを開けると、途端にキッチンから美味しそうな匂いがする。 (文維?)  人の気配に安堵し、キッチンの方へ向かおうとした時、リビングから声がした。 「おはよう、煜瑾!」  明るく元気な声は、羽小敏のものだった。 「おはよう…ございます」  ぼんやりした様子で、警戒心も無く、ちょっと小首を傾げた様子が、なんとも無邪気で愛らしく、小敏でさえ、ドキリとして、抱き寄せたくなる。 (コレは、抱いちゃうでしょう。文維みたいな経験豊富なモテ男なら…)  小敏は、ふと、初めての相手である文維との「経験」を思い出した。  「あの」文維が、この天使のような煜瑾をどんな風に抱くのか、想像しただけもワクワクする。 「文維なら、もう帰ったよ。一度自宅に戻って、着替えてから、クリニックに行くからって」 「そう…。この匂い、小敏が?」  スンと、匂いを嗅いで、煜瑾は寝起きの自分が空腹であることに気付いた。 「違うよ」  そう言って、小敏は顎でキッチンの方を示した。すると、ちょうどそこから顔を出した者がいた。 「お目覚めでしたか、煜瑾坊ちゃま」 「(ぼう)さん…」  そこに居たのは、唐家の茅執事だった。  唐家の現当主である唐煜瓔(とう・いくえい)が、もっとも信頼する執事である茅さんは、香港出身の、小柄で物静かな男性だが、イギリスの名門バトラースクールを卒業しており、これ以上は無いと言うほどの、行き届いた有能な執事である。  香港出身ということで、英語、広東語、標準中国語である北京語は、もちろん、スペインの貴族に仕えていたこともあり、スペイン語、フランス語なども不自由は無いという。  50歳手前の、落ち着きがあり、目立たぬ存在だが、凛々として精悍な紳士でもある。 「煜瑾坊ちゃま、朝食の用意が出来ておりますよ。羽小敏坊ちゃまは、すでにお済ませになりました」  温厚に微笑みかける茅執事に、煜瑾もおっとりと頷いた。  いかにも上品で、育ちの良い貴公子の仕草だ。 (カワイイなあ、煜瑾ってば。ボクだって、ちょっと変な気になっちゃうな~)  ジッと自分を見つめる小敏の視線に気づき、煜瑾は振り返った。 「あ、こんな姿でゴメンなさい。着替えてきますね」  寝起きで、顔も洗わずにウロウロしている自分を呆れているのだと思った煜瑾は、恥ずかしそうに、急いで主寝室に戻って行った。

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