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第62話

羽小敏(う・しょうびん)さま」 「なんですか、(ぼう)さん?」  高校時代からよく知る執事に声を掛けられ、小敏も素直に返事をする。 「うちの煜瑾(いくきん)坊ちゃまを、そのように淫らな目つきでご覧になりませんように」 「え!ぼ、ボク、そんな目で見てた?」  淡々とした態度で、そんなことをズバリと指摘され、むしろ小敏の方が恥ずかしくなる。  確かに煜瑾の美貌は現実離れしたほどで、その上、驚くほど純真で、しかも、この可愛らしさだ。小敏ですら心惹かれるのは仕方が無いと思う。  が、実際のところ、小敏の好みはカワイイ煜瑾よりも、経験が豊富そうで、大人の色気がある茅執事の方なのだが…。 「それから…」 「はい?」 「私にも、そのような視線をお向けになりませんように」  ちょっと誘ってみようかな、と思っていた小敏は、先手を打たれて、ウッと引いてしまった。 「いや、ボクは、このミルクティーをもう一杯いただけないかと思って…」  仕方なくそう言い逃れて、小敏はソファに転がり、テレビを点けて誤魔化した。 「すぐにお持ちします」  まるで何事も無かったように、茅執事は煜瑾の朝食を並べるついでに、小敏の紅茶を淹れにキッチンへ戻った。  主寝室に続く煜瑾専用のバスルームは、浴室乾燥機能があり、床暖房もある先進の快適な浴室だが、ほとんど使ったことがないため、モデルルームのように見える。  そこに、兄・煜瓔の好みの、海外ブランドのシャンプー、コンディショナー、ボディソープが並んでいる。煜瑾は、これまで何の疑問も抱かず、兄が決めた物やルールを、ただ受け入れてきた。  だが、この部屋は違う。カーテンの1枚までも、煜瑾の好きな色、好きな柄だ。好きだと思って選んだものは、愛着が違った。 (文維の髪の香りって…、どんな感じだったかな…)  ふと、シャワーの湯を浴びながら、煜瑾は思った。  ここに、文維と同じ香りのシャンプーやボディソープを並べてみたいな、と無邪気に憧れる煜瑾だった。 「ん?」  茅執事の淹れた、芳醇なロイヤルミルクティーを堪能しながら、見ることも無しにテレビを見ていた小敏は、ニュース番組のスポーツコーナーで聴き慣れた名前が聞こえたように思った。 ≪あのスター選手が、引退というのは本当でしょうか?≫ ≪彼なら、まだまだ現役選手として、十分活躍できると思いますがねえ≫  ソファの上でだらけていた小敏が身を起こしたのと、ゲストルームから、だらしない男が現われたのは、ほぼ同時だった。 ≪申玄紀(しん・げんき)選手が、今季で引退と言われていますが?≫ ≪すでにドイツへの親善試合への遠征後は、どのサッカーフィールドでも見ていませんしね≫ 「!…え?コレ、玄紀の話?」  驚いて話題の主を振り返った小敏は、その姿に一瞬息が止まった。

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