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第64話
クローゼットにいくつも並ぶ、テーラーバッグを見詰め、煜瑾 はため息をついた。
新調したばかりのポールスミスのスーツは、もちろん包文維 が着ているのを見て、真似をしたくて買ったものだ。
あのパーティーの夜、再会した文維のダークブルーのスリムスーツがとても素敵で、煜瑾も、このレジデンスがある嘉里中心 内にあるポールスミスのショップに出向き、セミオーダーのスーツを購入した。
生憎と、文維と同じコレクションのスーツはもう中国国内では売っていないとのことで、全く同じものは買えなかったが、似たような花柄の裏地が付いたブラックのスーツが買えた。あとは、店員に進められ、タータンチェック柄のスーツや、表地がフラワーモチーフのスーツなど、文維に気に入ってもらいたくて、ついつい何着も買ってしまった。
もちろん、どれもきちんと採寸もされ、煜瑾の体にはピッタリとフィットはしてるのだが、煜瑾はなんとなく気が進まない。文維ほど自分には着こなせていないと思うからだ。
(文維のように長身で、スマートで、脚が長すぎるくらいじゃないと、カッコ良く見えない…)
仕方なく、煜瑾は今年の誕生日に兄が見立ててくれた、グッチのビジネススーツを手に取った。
煜瑾がリビングに戻ると、親友の小敏 はソファに寝そべってスマホをいじっていた。
「ねえ、小敏?」
「ん?」
「玄紀 は?」
ようやく思い出しように煜瑾が問うと、後ろから声がした。
「いますよ、ここに」
なぜかムスッと不機嫌な様子で、申玄紀がゲストルームから出てきた。
「何を怒っているのです?」
キョトンとして煜瑾が訊ねると、玄紀はプイと顔を背け、茅 執事が用意をした朝食を摂るためにダイニングの方へスタスタと歩いて行った。
「え?何?」
訳が分からない煜瑾は、玄紀を見送った後、気になって小敏に掛け寄り、隣に座った。
「どうして、玄紀は不機嫌なのですか?」
「ボクと文維が1つのベッドで寝たのが気に入らないんですよ、きっと」
「えっ!ぶ、文維と…1つのベッド…」
小敏は、一瞬、この純真な親友を傷つけるような言い方をしたことを後悔したが、すぐに気を取り直した。
「昨夜は、玄紀にソファで寝てもらおうと思ったんです。運ぶには、ちょっと重いから…」
そう言って小敏が屈託なく笑うと、煜瑾もつられたように微笑む。
昔から、ずっとこうだ。冷ややかな表情をした気難しい煜瑾だが、小敏が話し掛け、笑いかけると少しだけ心を開いてくれる。
「で、文維が煜瑾をお姫様抱っこして、ベッドに運んで…」
「ちょ、ちょっと待って下さい!わ、私は文維に…だ、抱っこって…あの…」
眠っている間の事とは言え、好きな人の腕に抱かれて運ばれたという事実に、煜瑾は真っ赤になって焦っていた。
「ねえ、わ、私…変なこと言いませんでしたか?変なこととかしてない?」
慌てて迫る煜瑾を、小敏は楽しそうに見守る。
「変なことってナニ?ふふふ」
「やだ、何か知っているんですね、小敏!」
自分が何をしでかしたのか心配になった煜瑾は、救いを求めるようにじっと小敏を見つめた。
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