申玄紀(しん・げんき)は、憤慨した様子で、ドカリとソファに腰を下ろした。 　着ているのは、有名スポーツブランドの上下のジャージだけだが、本来のスポーツ用というよりは、ファッションブランドとコラボしたシティウェアとしても人気のラインで　、肉体そのものが美しい玄紀が素肌に羽織っているだけで、何となくサマになる。 　様々な企業が、玄紀を広告塔に使いたがるはずだ、と小敏(しょうびん)は再認識する。 「…そして明け方、隣のベッドを見たら、1つのベッドに小敏と文維(ぶんい)が寝てるんですよ！どう思いますか、煜瑾(いくきん)！」 「ええっと…」 　しかし、言っていることがあまりに幼稚で、小敏も相手にならないとソッポを向いてしまった。 「文維がソファに寝ればいいじゃないですか！」 「そ、それか…、私のベッドは広いから、そこで…」 　横から煜瑾もこっそりと口を挟んで来た。 「煜瑾さまは、ご自分のベッドで、1人でお休みになって、ご正解です」 　そこへ茅(ぼう)執事が、苦々しい顔で煜瑾の朝食を運んできた。 　小さなパンケーキが2枚に、スイートコーンとチーズの入ったオムレツにベーコンとハーブを入れたソーセージが添えてある。先ほど小敏が食べたものとほぼ同じだが、煜瑾にはそれにフルーツサラダとヨーグルトが追加されていた。 「煜瑾さまはご自分の寝室で、ゲストのお3人はゲストルームに、それぞれお泊りになったのですから、それで良いではありませんか」 　茅執事に言われて、煜瑾はシュンとして返す言葉もない。 　だが、玄紀は引き下がる気は無いようだ。 「小敏と文維は、昔、付き合っていたんだよ。そんな2人が、同じベッドで寝てるなんて、煜瑾への教育上良くない！」 　年上の煜瑾にたいして、玄紀が「教育上」というような言葉を持ち出すのもどうか、と小敏は思うが、呆れて、またスマホの画面へと注意を向けた。 「確かに、ふしだらな行いは、煜瑾さまに悪い影響を与えないとも限りませんね」 　茅執事が、玄紀に同意して、また自分を子供扱いするようなことを言うので、煜瑾は、急に拗ねてしまった。 「もう朝食は、いただきません！下げて下さい！」 　そう言って、横を向いている小敏の横にソッと縋って、玄紀と茅執事を無視しようとする。　そんな煜瑾に慌てるのは茅執事だ。 「煜瑾坊ちゃま、そんなことをおっしゃってはいけません。お体に良くないのですよ。お兄様が、どれほどご心配なさるとお思いですか」 『キモッ！』 　突然、スマホ画面を見詰めたまま、小敏は吐き捨てるように言った。 「は？羽小敏さま？今、なんとおっしゃいましたか？」 　怒りさえ込められた目をしながら、それでも表面的な、冷静で謙虚な執事としての本分は守りつつ、茅執事は小敏に丁寧に聞き返した。 「今のは、日本語で、吐き気がするくらい気持ち悪いって意味だよ」 　小敏は反抗的にそう言って、おもむろに煜瑾を庇うように肩を抱き寄せた。スマホも放り出し、キリリとした視線で茅執事を睨みつけている。日頃、人の良さそうな素直で明るい笑顔を浮かべている羽小敏とは別人のようだった。