「あのね、唐煜瑾(とう・いくきん)は、ボクと同い年の同級生なわけ。つまり、もう29歳のオトナなんだよ？その大人に向かって、どれだけ子供扱いすれば、気が済むのさ？」 「小敏(しょうびん)…」 　煜瑾は、自分が日頃感じていることを、親友がここまでハッキリ言ってくれたことが嬉しかった。一方で、小敏が叱られるのではないか、と、心配になる。 「全く…、高校時代の小敏さまは、とても素直で聡明で良い子でいらっしゃったのに…。羽将軍家の坊ちゃまは、日本に留学してから、すっかり素行不良だと噂になっておりましたが、その通りだったわけですな」 「ボクの話じゃない。今は、煜瑾の話をしているんだ」 　茅(ぼう)執事の皮肉も気にもせず、小敏は、落ち着いた様子で淡々と言葉を放つ。 「あなたや、煜瓔(いくえい)お兄様が、煜瑾の何を決めようというの？煜瑾の人生は煜瑾のもの。何を選択するかは、煜瑾の自由でしょ」 「唐家の方針に、お口出しされる必要は、無いと存じますが、羽小敏坊ちゃま」 　釘を刺すように言われ、むしろ小敏はフッと笑った。 「悪いけど、ボクはもう『坊ちゃま』なんて呼ばれる年齢じゃない。唐家の執事ともあろうものが、羽将軍家の嫡男を、そんな風に軽んじるとは、非常に無礼だと思うけどね」 　正論で言い返され、さしもの茅執事も一瞬怯んだ。 「唐家の都合は知らないけど、それを煜瑾1人に押し付けるのは、煜瑾の親友として、ボクは黙ってられないだけさ」 　それだけを言うと、羽小敏は唐煜瑾の手を取ってソファから立ち上がった。 「今日は、会社を休んだんだろ、煜瑾。じゃあ、ボクと外へ遊びに行こう。こんな所に居たんじゃ気が塞ぐよ」 「！」 　煜瑾は、意外ではあったが、小敏に誘われたのが嬉しくて、思わず一緒に立ち上がっていた。 「煜瑾坊ちゃま！今日は、お体を休めるために、お仕事を休まれたのですよ。外へ遊びに行くなど、以ての外(ほか)です！」 　厳しい茅執事の言葉に、一瞬逡巡した煜瑾だったが、その手を握る小敏が力を込め、しっかりと煜瑾の目を見て頷いた。 「さっきも言ったはずです。煜瑾の事は、煜瑾自身が選択するんだって」 　それまでのやり取りを、呆気に取られて見ていた申玄紀(しん・げんき)がようやく我に返った。 「あ、あの！私が悪いのなら謝ります！だから、小敏も煜瑾を唆(そそのか)したりしないで下さい」 　それを聞き咎めた小敏は、これまで玄紀が見たことも無いような冷ややかな目で、愚かな後輩を見据えた。 「黙れよ、ガキ」 「が、ガキ…」 　ずっと年下であることにコンプレックを感じていた玄紀は、ズバリと言われ傷付く。本気で、大好きな羽小敏を怒らせたと気付き、さらに傷付いた。 「行こう！煜瑾。その前に着替えた方がいい。そんな堅苦しいスーツじゃ、楽しくないよ」 　厳しい顔をした茅執事や、玄紀を無視するように、小敏は優しく煜瑾に言って、2人で煜瑾の主寝室へ向かった。 　その背に、悔し紛れのように茅執事が言い放つ。 「今すぐ、北京の煜瓔さまにお知らせいたしますよ！」 「やれよ、忠犬」 　まるで関心が無さそうに小敏は呟き、そのまま煜瑾の手を引いて、2人は主寝室へ消えた。