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第68話
冷ややかな、茅 執事の目から逃れるように、羽小敏 は唐煜瑾 の手をしっかりと握って、高級レジデンスから飛び出した。
煜瑾は、ビジネススーツを脱いで、小敏が見立てた服装に一新している。
「ねえ、小敏…。私、変じゃないですか?」
ハイブランドの並ぶ嘉里中心 を歩きながら、煜瑾は不安そうに小敏に訊ねた。
「どうして?すっごく似合ってるし、カッコイイよ?」
「……」
グッチのビジネススーツを脱いだ煜瑾は、小敏の見立てで、ポールスミスのピンクの花柄のドレスシャツに、ダークグリーンのフラワーモチーフ・スーツの、パンツだけをチョイス。その上に、また別のハイブランドの、ブラウンのアルパカのセーターを着ている。柔らかく軽く、その上暖かいアルパカのセーターはシンプルなデザインだが、ファッション性と機能性は高かった。
そのイメージは「可愛い」煜瑾にピッタリだ、と、小敏は思うのだが、その上に寒さ除けの黒いラム革のロングコートを着ているのが大人っぽくて、可愛いだけではない煜瑾の魅力を引き出せたと、小敏は自画自賛している。
「で、でも…、先ほどから擦れ違う人が振り返ったり、向こうから来る人が立ち止まったり…、なんだかいつもより、周りの人が私を見ているような気がするのですが…」
小敏は、こんな煜瑾を可愛いと思う一方で、あまりに初心 で心配にもなる。
「それは、煜瑾が素敵だから、みんなが見惚れているんですよ」
「そ、そんなことは…無いと思います」
恥ずかしそうに赤くなって俯いてしまった煜瑾に、小敏は楽しくてどんどん見せびらかせたくなるが、遠くに従兄の厳しい視線を感じるような気がして、自重することにした。
「ちょっと、ソコ!芸能人じゃないんだから、勝手に写真を撮らないでよ!」
煜瑾はもちろん、日本風のサラリとしたナチュラル感がある小敏も魅力的で、人目に付きやすい。イケメン2人がコソコソと寄り添う姿に、通行人も思わず写真を撮ってしまったのだろう。
だが、煜瑾の立場上、それも良くないと思った小敏は、すぐにスマホアプリでタクシーを呼んだ。
「ねえ、映画でも観て…、買い物をしようか」
小敏は、今日の煜瑾の服装に軽快なデニムパンツを穿かせたかったのだが、なんとジーンズは1枚も持っていないという煜瑾だった。
今日は煜瑾に、普通の同世代男子がするような休日を過ごさせたい、と、小敏は思っていた。
話題の映画を観て、好きな服を買って、美味しいものを食べて…。そんなことを煜瑾は学生時代以来、知らないのだ。
「実は…、小敏に付き合って欲しい買い物があるのですが…」
「?なあに?今日は煜瑾のお願いは何でも聞くよ」
小敏がタクシーのドアを紳士的に開くと、煜瑾は嬉しそうに乗り込んだ。
「iapmまで」
小敏は、シネコンもある淮海路の複合モールを行先として告げた。
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