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第70話

 初恋は、実らないもの、と言った小敏(しょうびん)に、煜瑾(いくきん)は寂しそうに言った。 「私は、文維(ぶんい)が初恋だから、分かりません…」  そんな純情一途な煜瑾に、小敏は優しく微笑みかける。 「それは高校時代の文維でしょう?あの時は、好きだとも言えなかったんだし?」  小敏の一言に、煜瑾はハッと顔を上げた。 「どうして知っているのですか!」  むしろ煜瑾の驚きが愉快に思われて、小敏は頬を緩めた。 「みんな知ってたけどな。煜瑾がどんな目で文維を見てたか、なんてこと。焦がれるような、切ない視線がカワイイって、ますますみんな煜瑾に夢中になったな~」 「?は?みんな?」  小敏の思わぬ言葉に、煜瑾は混乱してしまう。 「え?ど、どういうことですか、小敏?」 「まさか、学校中の男女が、煜瑾のことを見ていたのに気付いて無かったの?」  すっかり笑いながら、小敏は煜瑾の肩を思わず叩いてしまう。 「みんな煜瑾のことが好きで、学内で一番の憧れの人だったのに?」 「そ、そんなの、嘘です。私なんて…」  初心(うぶ)で世間知らずの煜瑾らしい反応だが、それでも意外で小敏は微笑ましいと思った。 「『私なんて』って、何?美人で、頭良くて、上品で、(とう)家の王子様で、(しと)やかで…。みんなが憧れて当然だよ?」 「そんなこと…私なんて、引っ込み思案で、陰気で、勉強だってずば抜けたものが無くて…。兄がいないと、何も出来ない子だったのに…。そんな、憧れの人だなんて…」  モジモジしながら、赤くなったり、青くなったりする煜瑾が可愛いと思いつつ、小敏はふと気付いて真面目な顔になった。 「…残念だな、そんな風に思っていただなんて。あの頃、学内で煜瑾に好意を抱かない人間なんて居なかったよ」 「そんな…。小敏の冗談は大げさです」  美しく、高貴で、純粋な唐煜瑾が、これほど自信が無いとは小敏も考えたことが無かった。  高校時代、誰もが唐煜瑾を知っていた。近寄りがたく、気難しいところもあったが、決して人を傷つけることの無い煜瑾に、誰もが好感を抱いていた。それは同級生だけでなく、先輩や後輩、教師たちもそうだった。  名門校で、党幹部や富裕層の子息たちが多い中、高慢で嫌われる者たちや横柄な態度の者も確かにいた。だが、そんな中でも、煜瑾はひと際輝くような存在だった。  誰もが煜瑾を好きだったし、好きになって欲しかった。  そんな「唐家の深窓の王子」に、取り巻きはいくらでもいたが、煜瑾が選んだ親友は、羽小敏、包文維、申玄紀だけだった。  当時、付き合い始めたばかりの小敏も、文維に思われている自覚はあったが、それでも文維が煜瑾を気に掛けているのは感じていた。 「文維だって、僕との『体の関係』が、先じゃ無かったら、煜瑾に自分から行ってたと思うな」 「しょ、小敏!なんということを!」  小敏の生々しい呟きに、煜瑾は激しく動揺してしまった。 「そうだね。…そして、煜瑾の初恋は、お互いに片想いで終った訳だ」  これ以上、煜瑾を苛めるわけにはいかないと、小敏は笑って誤魔化した。

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