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第72話
楽しい食事も半ばを過ぎた時、ふと手を止めた煜瑾 が、真面目な顔をして小敏 に訊ねた。
「小敏、もう一度聞いてもいいですか?」
「何を?」
ソースの染みたキャベツを味わいながら、小敏はニッコリと応える。
「本当はどうして文維 と別れたのですか?留学なんて、ただの言い訳でしょう?」
今は、包文維の心を射止めたはずの煜瑾だが、どうしてもそこが気にかかるようだ。
もちろん、小敏と文維の関係を疑っているわけではないだろうが、素直で一途な煜瑾を、これ以上誤魔化すような真似は出来ないな、と小敏も覚悟した。
「そうだねぇ。留学を前にして、ボクが別れようか、と言った時に、『小敏がそうしたいなら』と言われたから、かなあ」
ほんの少し微笑み、ほんの少し遠い目をして、小敏は穏やかに答えた。
「え?」
正確な意味が理解できずに、煜瑾は小敏の目の色に答えを探すが、小敏は笑って瞼を閉じてしまった。
そして、改めて目を上げた時には、煜瑾に誠実に対応しようという表情になっていた。
いつもの、明るく、人の良さそうな笑顔を浮かべる羽小敏は居ない、と煜瑾は思った。小敏にこんな大人びた表情を教えたのは、あの包文維かもしれないと思うと、煜瑾の胸が痛む。
「あの時の文維は、ボクに対して、引き留めるほどの愛情もなかったし、自分がどうしたいか、すら、言ってくれなかった。それが…」
小敏は、過去の思い出に気持ちを揺さぶられたのか、少しだけ哀しい顔をした。
「なんか、ズルいなあって思ったら、ボク自身、本当に文維が好きなのかどうか分からなくなって、別れちゃったんだよ」
煜瑾を安心させようとしてなのか、哀しい眼差しのまま微笑む小敏が、煜瑾には切ない。
あの小敏が、こんな風に哀しい笑い方を、文維との関係で覚えたのだ。
「ズルい…ですか」
考え込むように煜瑾は言った。今はまだその意味が理解できない煜瑾だ。
「うん…。『愛しているから、行かないでくれ』って言って欲しかった訳じゃないけど、ボクの好きなようにすれば、ってことは、ボクに関心が無いのかなあ、って思ったんだ」
「関心…ですか」
「やっぱり、好きな人にはボクの事を心配したり、興味を持ったりして欲しいよ」
吹っ切るように小敏は、煜瑾をしっかりと見つめ、ニッコリ笑った。
聞き始めたのは自分であるのに、煜瑾はなんだか小敏を傷つけた気がして、とても気持ちが沈んだ。
一方で、そんな風に思い悩む煜瑾の横顔も、また美しいなあ、と小敏は思った。きっと、ここに従兄がいれば、同じ感想を抱くはずだった。
静かにその美貌を見守りながら、小敏は残ったロースカツの端の一切れを口に入れた。
何事も無かったように、モグモグと咀嚼する小敏を見詰めていた煜瑾は、ハッと気が付いた。
「ならば、申玄紀 は、いつも小敏のことを気にかけて、心配していますよ」
無邪気な煜瑾の言葉に、小敏は笑うしかなかった。
「ふふふ」
「玄紀に心配されるのは、迷惑ですか?」
けれど、煜瑾に小敏の笑いの真意は分からない。
「何それ?玄紀に頼まれた?」
皮肉っぽく言って、小敏はキャベツのお代わりを追加した。
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