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第74話

 だが、包文維(ほう・ぶんい)をよく知る小敏(しょうびん)には、このことはとても信じられなかった。  出会ったばかりの相手との「遊び」を繰り返す最近の小敏に、「ビッチ」だの「素行不良」だのと陰口が囁かれているのは、本人も知っている。  しかし、文維も大人の男として責任を取れる範囲で、充分楽しんでいることも、小敏は知っているのだ。 (「あの」包文維が、「この」唐煜瑾(とう・いくきん)に、まだ手を出してない…って?)  さすがに包文維といえども、唐家の威光に恐れをなしたのか、それとも額面通りに医者の倫理規定を守っているのか、本当のところは小敏には確かめようが無かったが、少なくとも煜瑾がそれを望んでいないわけではないと感じていた。  もちろん、文維が煜瑾を「そう言う目」で見ているのは間違いないと、小敏は確信している。 「でも…」  余計な事だとは思ったが、小敏は持ち前の好奇心を抑えられなかった。 「煜瑾は、文維とは、その…寝たい、とは思わないの?」  以前、文維とそういう関係にあった小敏からの問いに掛けに、煜瑾は戸惑いを隠せない。 「それは…、その…」  文維のことは、大好きだ。  毎週、クリニックで優しく抱き寄せられ、ご褒美のように受けるキスも大好きだ。  文維の温もりを、全てを、自分の物にしてみたいという欲が、煜瑾も無いわけではない。 「僕が言うのもおかしいけど、文維ってセクシーだよね」  すると、何を思ったのか小敏が、煜瑾の知らない文維の魅力を語り始めた。 「優等生で、賢そうな顔して、そんなことに興味はありません、って感じなのに、ベッドの中じゃ大胆にリードしてくれるし。でも、すっごく優しいし、ね」  そう言って笑っていた小敏が、スッと煜瑾から目を逸らして呟いた。 「それで、なぜか最初から上手だった…」 「や、やめて下さいっ、小敏!」  ようやく小敏にからかわれていることに気付いた煜瑾だったが、それでも自分が知らない包文維を想像してしまいそうで、焦ってしまう。  それは、なんだかとてもイケナイことのように思えて、無垢で純真な煜瑾は穏やかではいられなくなる。 「だって、煜瑾にその気が無いのなら仕方ないけど…。そうじゃないなら、我慢している文維が可哀想だよ」  そこまで言われて、煜瑾はパッと真っ赤になった顔を上げて小敏に迫った。 「ぶ、文維が、我慢しているとは限らないじゃないですか!私なんて…、文維には興味ないのかもしれないのに…」  自分で言い出しておきながら、その可能性に煜瑾は悲しくなってしまう。 「私と…、そんなこと、したくないのかも、しれないです…」 「まさか!何言っているんだよ、煜瑾てば!」  まさに花が萎れるように、煜瑾は元気をなくして下を向いてしまった。  それ見て驚いた小敏は、慌てて従兄を庇うことになる。 「文維だって、煜瑾のこと欲しくて堪らないのに、決まっているじゃないか!」 「どうして?どうして、そんなこと分かるのですか?」  どうもこうもないだろう、と小敏は思うのだが、煜瑾には全く自覚がないらしい。  これほど一途に慕う煜瑾の美貌に気付かないほど、包文維は愚鈍では無いし、無情の聖人でもない。  こんなカワイイ仕草で、潤んだ物欲しげな瞳で、どれほど自分が誘惑的なのか無自覚な煜瑾に、次第に小敏は文維への同情心を募らせてしまう。 (なかなかの試練ですよ、コレは…) 「欲しい、だなんて…嘘です」  そう言う、憂いを帯びた可憐な煜瑾に、小敏は完敗したと思った。 「文維はね、絶対に、煜瑾のこと抱きたくて、ずっと我慢していると思う…」 「やめてってば」  信じようとしない幼気(いたいけ)な煜瑾に、小敏は心から文維を気の毒に感じた。

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