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第76話

「双子座の奥様には、今日は緑がラッキーカラーですよ。鮮やかなグリーンのドレスで社長と外食に行かれては?」 「そうね、それも悪くないわ。すぐに秘書に連絡させなくちゃ!」  ようやく(よう)夫人が落ち着いてきたことで、文維もホッとした。出まかせの占いも、近頃はよく当たると評判になって、ちょっと困っている。 「ああ、(ほう)先生。ごめんなさい、今日はこれから忙しいから…、いつもの断酒クリニックには行けないわ」  毎回行ったこともないのに、姚夫人はいかにもガッカリした様子でそう言った。 「お気になさらず。ああいう場所は、貴女が行きたいと思った時に行けばいいだけの事。でも、来週の私との面談はお忘れなく」 「もちろんよ、包先生」  来週の予約を確認し、姚夫人が出て行こうと立ち上がった時だった。 「困ります!ただいま診察中ですので!」  待合室の方から、医療秘書の張春梅(ちょう・しゅんばい)の悲鳴のような声が聞こえる。  このクリニックの患者たちは、ほとんどがおとなしいが、薬物や思わぬ外的刺激で混乱し、暴れることが無いとは言えない。常に警戒だけは怠らないようにしていた、文維(ぶんい)と張女史だったが、どうやら患者では無いようだ。  それでも念のために姚夫人を庇うようにして、出口と直結しているドアへと文維は誘導した。 「大丈夫なの?」  心配そうに、何度も振り返りながら、それでも買い物に行きたい姚夫人は、そそくさと文維の診察室を後にした。  それと、鼻息の荒い様子で、申玄紀(しん・げんき)が飛び込んできたのは、ほとんど同時だった。 「おや、玄紀。今頃のお目覚めですか?」  からかうようにそう言って、心配そうにドアのところに立つ張女史に、文維は安心させるように頷いた。 「ちょうど、次の患者さんまで時間があります。お話を聞きましょうか、玄紀?」  澄ました顔で言う文維に、玄紀はカッとなる。  いつからか、玄紀は文維の顔を見るたびに苛立ちを抑えられなくなるのだ。  高校時代は、頭の良い文維に遠慮はあったものの、勉強を教えてもらうなどして、尊敬している部分もあった。1つ年上の煜瑾や小敏と同じく、兄のように慕っていた頃もあったのだ。  だがある時から、玄紀、小敏、文維の関係が決定的に変わってしまった。  それは小敏が高校を卒業して、初めて4人で集まった時だった。 「もう知ってるかもしれないけど、ボクと文維は付き合ってるから。ちゃんと、恋人同士として、ね」  玄紀と煜瑾(いくきん)は、驚いて声も出せなかった。  小敏はいつもと何ら変わらず、明るく、屈託なく、悪びれた様子も無く、あっけらかんと言って、笑っていたが、文維は真摯な顔をして、煜瑾の心配をしてるように見えた。 「本当は、高校時代からそういう関係だったけど、黙っててゴメンね」  ペロッと舌を出し、肩を竦めて、この上なくカワイイ仕草で、小敏は許されると思っているようだった。 「『そういう関係』って、どういう関係なんですか」  聞くまでもないとは、玄紀も分かっていた。分かっていてもなお、聞かずにはいられなかった。

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