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第78話
「玄紀 、君 はプロのスポーツ選手だ。ちゃんと健康診断も受け、カウンセリングなんかも受けているのでしょう?」
「は?」
急に淡々と話を始めた包文維 に、玄紀は肩透かしを食らったようにきょとんとなった。
「冷静な試合運びができるように、と、アンガーマネージメントのカウンセリングを受けませんでしたか?」
「?」
確かに玄紀が所属する、大連の古参のプロサッカーチームは、体の健康については厳しくチェックし、管理もしてくれるが、メンタルの面では各個人に任されている。
「おや、知りませんか?ならば、一度、経験しておくといいですよ。さあ、このカウチに座って、まずはリラックスしましょう」
「え?」
気が付くと、玄紀は言われるがままに、カウチに座らされ、そのまま横になっていた。あっと言う間に丸め込まれた玄紀は、文維のアンガーマネージメントのカウンセリングを受けることになった。
「それで、玄紀は何を怒っているのですか?」
すっかり他人事の顔をして、文維はノートを取り始めた。
「怒って当然じゃないですか!幼なじみの、深窓の唐煜瑾 を弄 び、別れたと言いながら羽小敏 にも手を出している、非道なヤツが、目の前にいるんですよ!」
子供じみた怒り方で、玄紀はプリプリとしている。
それを困ったように見て、文維は一旦、手にしたノートを脇に置いた。
「だから、それはなぜですか?煜瑾や、小敏が私のことを怒っている、怨んでいるというのなら分かります。しかし、君は当事者でもなければ、当事者と特別な関係でもありませんよね」
「特別な関係」という言葉に、玄紀はドキリとした。高校時代、自分の知らぬところで、羽小敏と包文維は「特別な関係」だったことを思い出したからだ。あの明るく無邪気な笑顔の向こうで、小敏は文維の腕の中で、どんな表情を見せていたのか…。
そんな想像が、またも玄紀の気持ちを掻き乱す。
「ふ、2人とは…、と、特別な関係だ!」
思わず、玄紀はそう口走っていた。それが小敏と文維の関係とは違うことは分かっているのに、それを認めたくなくて、どうしても言いたかった。
「それは…後輩として?それとも、弟かな?」
しかし、玄紀の幼稚な虚勢など、文維は歯牙にもかけない。動じることなく、文維は意地悪く、淡々と問い返した
「うっ…」
言い返せない玄紀に、文維はさらに畳み込んでくる。
「そもそも、誰の、何のために、君は怒っているのです、申玄紀?」
「わ、私は…」
そう言われると、玄紀もしどろもどろになってしまう。
自分が文維に怒っているのは、腹が立つからだ。
なぜ腹が立つかというと、文維が自分と違って、小敏や煜瑾に影響を与えるからだ。
それが悔しくて、悲しくて、寂しくて、玄紀はイライラするのだ。
本当は、玄紀は…。
「煜瑾を、愛している?」
「ち、違う!」
突然の文維の問いかけに、玄紀は慌てた。だが、すぐに気が付く。
「あ、でも、まあ、家族愛みたいなものなら」
そんな玄紀を、文維は気付かれないように鼻で笑った。
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