78 / 201

第78話

玄紀(げんき)(きみ)はプロのスポーツ選手だ。ちゃんと健康診断も受け、カウンセリングなんかも受けているのでしょう?」 「は?」  急に淡々と話を始めた包文維(ほう・ぶんい)に、玄紀は肩透かしを食らったようにきょとんとなった。 「冷静な試合運びができるように、と、アンガーマネージメントのカウンセリングを受けませんでしたか?」 「?」  確かに玄紀が所属する、大連の古参のプロサッカーチームは、体の健康については厳しくチェックし、管理もしてくれるが、メンタルの面では各個人に任されている。 「おや、知りませんか?ならば、一度、経験しておくといいですよ。さあ、このカウチに座って、まずはリラックスしましょう」 「え?」  気が付くと、玄紀は言われるがままに、カウチに座らされ、そのまま横になっていた。あっと言う間に丸め込まれた玄紀は、文維のアンガーマネージメントのカウンセリングを受けることになった。 「それで、玄紀は何を怒っているのですか?」  すっかり他人事の顔をして、文維はノートを取り始めた。 「怒って当然じゃないですか!幼なじみの、深窓の唐煜瑾(とう・いくきん)(もてあそ)び、別れたと言いながら羽小敏(う・しょうびん)にも手を出している、非道なヤツが、目の前にいるんですよ!」  子供じみた怒り方で、玄紀はプリプリとしている。  それを困ったように見て、文維は一旦、手にしたノートを脇に置いた。 「だから、それはなぜですか?煜瑾や、小敏が私のことを怒っている、怨んでいるというのなら分かります。しかし、君は当事者でもなければ、当事者と特別な関係でもありませんよね」  「特別な関係」という言葉に、玄紀はドキリとした。高校時代、自分の知らぬところで、羽小敏と包文維は「特別な関係」だったことを思い出したからだ。あの明るく無邪気な笑顔の向こうで、小敏は文維の腕の中で、どんな表情を見せていたのか…。  そんな想像が、またも玄紀の気持ちを掻き乱す。 「ふ、2人とは…、と、特別な関係だ!」  思わず、玄紀はそう口走っていた。それが小敏と文維の関係とは違うことは分かっているのに、それを認めたくなくて、どうしても言いたかった。 「それは…後輩として?それとも、弟かな?」  しかし、玄紀の幼稚な虚勢など、文維は歯牙にもかけない。動じることなく、文維は意地悪く、淡々と問い返した 「うっ…」  言い返せない玄紀に、文維はさらに畳み込んでくる。 「そもそも、誰の、何のために、君は怒っているのです、申玄紀?」 「わ、私は…」  そう言われると、玄紀もしどろもどろになってしまう。  自分が文維に怒っているのは、腹が立つからだ。  なぜ腹が立つかというと、文維が自分と違って、小敏や煜瑾に影響を与えるからだ。  それが悔しくて、悲しくて、寂しくて、玄紀はイライラするのだ。  本当は、玄紀は…。 「煜瑾を、愛している?」 「ち、違う!」  突然の文維の問いかけに、玄紀は慌てた。だが、すぐに気が付く。 「あ、でも、まあ、家族愛みたいなものなら」  そんな玄紀を、文維は気付かれないように鼻で笑った。

ともだちにシェアしよう!